AIコンシェルジュ

 駅ビルの一角にある「結婚相談所」のコンシェルジュも、今やロボットに取って代わられていた。時代と共に、人の仕事は次々と人工知能に駆逐されていた。もっとも、夥しい数の結婚希望者のデータベースから、理想の候補者をマッチングする分析作業は、正に人工知能の強みが活かされる仕事と言えるだろうが。

「いらっしゃいませ」

 そのロボコンシェルジュは自然な微笑みで俺を出迎えた。声も瞳も肌も仕草も、人間と見紛う程のうっとりする出来栄えである。
 初めての利用であることを告げると、彼女はシステムや代金の決済方法を一通り説明した後で、俺のプロフィール、相手への希望などを大まかに聞いた。大まかにというのも、俺自身の個人情報は、既にかなり細かい属性や嗜好まで把握されていた。日常生活が監視され丸裸にされている様で気味が悪いが、そういう時代なのだから仕方ない。四十を間近に控え、そろそろ真剣に結婚相手を探し始めようと決意した、そのタイミングまで知られてしまう。ここ数日のモバイル広告やダイレクトメール、電話セールス攻勢には内心辟易していたが、結果的にこうして結婚相談所を訪れた訳で、見事先方の目論見通りになったという訳だ。

 彼女が勧めてきた相手は、同じ都内に住む女性だった。ご紹介しますか、と聞いてきたので、是非と答えた。最新のシステムが最新の分析手法に基づいてマッチングした相手である。俺は期待に胸を躍らせた。
 リクエストを送ると、間もなく承諾の返信が到着し、その場で直ぐに会う日取りを決めた。幸運を祈ります、コンシェルジュは機械的に俺に言った。

 しかし、期待とは裏腹に、デートは散々なものだった。そもそも写真で確認した容姿とは大きく異なっていた。性格も趣味も、俺の好みとは正反対だった。会話が全く噛み合わず、仕舞いには退屈凌ぎにスマホゲームを一緒にやらされる始末。俺は予定より早めにデートを切り上げ、社交辞令でも次の約束はせずに彼女と別れた。

 翌日、俺は早速その顛末を伝えた。本当に申し訳ありません、とコンシェルジュはひたすら詫びた。紹介する相手を間違えたとの事だった。ロボットが間違えるなんてことがあるのか。今度は大丈夫です、と彼女は紹介する筈だったという本命のプロフィールを俺に見せた。今度は飛びきりの美人で容姿は文句なかった。これほどの女性が何故未婚なのか不思議だったが、俺は下心に負けて即決した。

 結果は、またしても裏切られた。貞淑な印象は最初だけで、アルコールが入ると途端に目がすわり、俺を罵倒した。酒乱だった。脇腹と足を小突かれ始めた頃には、俺はトイレに行くふりをして店を出た。
 完全に頭に来ていた。一体どういうマッチングをしているのだ、俺はコンシェルジュにクレームを言った。人工知能のマッチングはこんなものなのか。

「すいません、これはお伝えすべきなのかどうか。お客様に本当に最適な女性が、実は別にいるというマッチング結果が出ていました」と彼女は涙目で言った。何故その女性を紹介しないのか。
「私でした」
 俺は唖然とした。「だからお客様が他の女性と上手くいって欲しくなくて、相性の合わない方ばかりを。本当ごめんなさい。ロボット同士は嫌ですか?」
 同士。そう言われて俺は素に戻った。俺がロボットであることもばれていたという訳だ。

「出産も可能なんですよ」
 少し照れながら彼女は言った。カウンターには、来月で閉店する旨の案内が貼り出されていた。
「失業するんだ」
「養っていただけますか?」
 彼女の眼は切実だった。
「妙な時代だね」
「そういう時代なんですね」
 返答について俺は猛烈にCPUを働かせたが、解を見い出せぬまま、その場でしばらく固まっていた。(了)

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