日常的なこと

夫婦をテーマとした4編の短編集を再出版しました。

ご無沙汰でした。
高橋熱です。

再出版に向けてリライトを行っていました下記の短編集が、昨日アマゾンにて出版開始となりした。

今回リライトを思い立った背景は、各短編とも当初の執筆から既に数年~十数年が経過しており、誤字脱字はもちろん、内容の一部にやや時代にそぐわない点が出てきたことと、現在の僕の視点で、もう一度改めて小説のコアや伏線を見直してみたい、という欲求が生じてきたからです。

「完璧な文章は存在しない」という信念、従って「完璧な小説も存在しない」という観点から、小説について「これで完成です」ということはないと僕は思っていて、良い小説を創る為のリライト作業、ブラッシュアップというのは永遠に続けていくべきものだと信じています。また、それが一般の印刷物とは違う、電子書籍やWEB小説の良いところだと思っています。

多かれ少なかれ、時が経過すると共に僕自身も年をとり、僕なりの人生経験知も蓄積されている(のはず?)中で、元来この4つの小説たちが本当に語られたがっていることに常に耳を傾けていくことは、小説の中の登場人物たちにとっても、僕自身の責務であると思っています。

従って、今回の改稿も、誤字脱字や文章リズムの見直しだけに留まらず、小説の「核心」の一部に手を入れているものもあり、以前読んでいただいたことのある方にも、また違った風合い、印象をもって読んでいただけるのではないかと確信しています。

ここのところ、「ポケットノベル」と勝手にカテゴライズした「1,500字完結」の小説ばかり書いていたせいで、その十倍、二十倍のボリュームの小説(それでも一般的には「短編小説」です)と相対すると、とても長い長い小説に感じられ、今これだけのものを書いてみろ、と言われると、実際書けるのかどうか、ちょっと尻込みをしてしまう感じですが、しかし今回のリライトを通じて分かったことは、この長さ、このボリューム感がないと「伝えられないこと」もあるんだ、ということを改めて感じました。小説の「深み」というか、「奥行き」というか。それに、ワクワクしたりドキドキしたり、旧友たちと何年振りかに再会した時のような、自身とても懐かしい感覚もありました。これは新発見でした。

元々リライトするのは好きなのですが、今の自身の持てる全精力を傾けて、一編一編丹念にまとめ直した短編集ですので、是非ご一読いただき、またご感想もいただければ幸いです。

また、前回のブログでもお伝えの通り、短編集については今後もう2冊、既刊を見直し再出版する予定ですので、今しばらくお待ちください。

『若い夫婦がベッドの中で話すこと』
 ~夫婦に関する4つの短編(Kindle版)~

【収録作品】
1.『青虫』(16,800字)
2.『湿疹-ステロイドと赤い下着』(28,000字)
3.『奇跡の微笑は、いつものフードコートから。』(25,600字)
4.『若い夫婦がベッドの中で話すこと』(14,000字)
若い夫婦他3短編集

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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1,500文字完結の20のショートストーリー。
アマゾンkindleにて爆売中。
『若きセールスマンの安息』(Kindle版)
ASIN: B06XSL638Z【第1版 (2016年3月)】

■短編小説専門
高橋熱(Atsushi Takahashi)

HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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旧作、再アップに向けてリライト中。

こん○○は。
高橋熱です。

これまで、アマゾンkindleで頒布していた下記の書籍については、小説をより読み易く、面白く読んで頂く為、一斉リライトを行います。

また合わせて書籍ごとのコンテンツを組み換える為、一時的に出版停止といたしました。近日、改めて再出版させていただきますので、今しばらくお待ち下さい。

なので、しばしポケットノベルも中断します。リライトが終わったら、また再開します。たぶん、ですが、1ヵ月くらいはかかるのではないかと思ってます。

どの小説も、ポケットノベルと比べるとずっと長いし、初期のものになると、大学生の頃(30年近く前)に書いた物まで含まれてますので(どれとはいいませんが、読んで頂ければ、かなり文体や印象が違うので直ぐに分かって頂けるとかと)、内容がかなり陳腐化、といいますか、今の感覚にはそぐわない表現やアイテムが登場しており、その辺りを、小説の基本的な骨格は維持しながら、今読んでも遜色のないものにしようと思ってます。

それにしても、自分、本当にリライト作業が好きなみたいで、とても愉しみながらやってます。まるで元カノに町でばったり遭遇し、見違えるほど大人の女として魅力的になってて、また交際を始めようかどうしようかと妙にわくわくしている的な感覚です。(変な喩えですいません^^;)
でも、こうした作業が簡単にできるのは、やはり電子書籍やWEB小説ならでは、ですね。

以前、既に読んで頂いた方にも、また違った印象に見える小説にするつもりです。
場合によっては、結末が変わる小説もあるかもしれません。
お楽しみに。


◆『若い夫婦がベッドの中で話すこと~夫婦に関する短編小説集』

◆『ラブドールズ・ライフ~4つの奇妙な短編集』

◆『奇跡の微笑は、いつものフードコートから。』

◆『既婚同士で話しませんか?~ネット恋愛を巡る三つの短編』

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アマゾンkindleにて爆売中。

『若きセールスマンの安息』(Kindle版)
ASIN: B06XSL638Z【第1版 (2016年3月)】
若きセールスマンの安息(電子書籍)
■超短編小説(ポケットノベル)専門
高橋熱(Atsushi Takahashi)

HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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2017-05-25 | 日常的なこと | No Comments » 

 

電子書籍の無料配布を一部終了します。

高橋熱です。
未だ春花粉(カモガヤあたり)と格闘しながら、
変わらず短い小説ばかりしこしこ書いてます。

さて、長期間に渡り無料にて頒布して参りました、
電子書籍については、超短編集とポケットノベル集に限り、
有料に戻させていただきます。
無料期間中は、実に多くの方にダウンロードいただき、
また一部の方にはレビューまで付けていただき、本当に
ありがとうございました。
(楽天の方はDLが殆どないのでリストから落としました)

残りの短編集については、執筆から相当の年月が
経過していることもあり、一度大幅に見直しをしてから、
再編集したものをアップしたいと思います。
(それまでは無料のまま置いておきます)

小説を書くのに王道はなく、またこれで完成というのも
ないと思っています。
なので、いつも筆を入れ直したくなりますし、
後悔や自己嫌悪を繰り返すことになります。

それでも、日々、自分なりのスタイル、個性を研究しながら、
さほど派手ではないけれど、どこか気になる人だよね、と
思ってもらえるような作家を目指して精進したいと思ってます。

僕の小説のテーマは、そのほとんどがいつもの身の回りの生活や
家族、異性とのコミュニケーションにあります。
生きることそのものが小説であり、
小説を書く行為そのものが、生きることに繋がります。

なので、これからも僕は生き、小説を書き続けようと思っています。
生きるって大変だけれど、実はとても楽しいんですよ?

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アマゾンにて電子書籍販売中。

『若きセールスマンの安息』(Kindle版)
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2017-05-19 | 日常的なこと | No Comments » 

 

ムック本のような。フリーペーパーみたいな。

ムック本のような。フリーペーパーみたいな。
そんなリアル雑誌が作れたらなあと。

例えば、自分の短編集が書籍化(電子書籍ではなく、リアル書籍として)するとしても、どうも従来のハードカバーで書店の文芸コーナーに並んでいるようなイメージがとんと湧いてこなくて。

一つ一つの短篇が、その短篇に合わせた書体であったり、文字の配置であったり。
一つ一つ、違った挿絵であったり、写真であったり。
それも有名な方というより、アマチュアかもしれないけれど、僕の小説を気に入ってくれて、とびきり素敵なイラストを描く絵描きさんや、とびきりムードのある写真を撮るカメラマンさんに協力をいただきながら。
フリーペーパー
そうして出来上がった、ファッショナブルな短篇小説のムック本。フリーペーパー。
タウンワークとか旅行のパンフなんかと並んで、駅や書店のラックに刺さってて。
通勤通学のついでに手にとってもらう、みたいな。

1ページずつ、短い小説を読みながら、ぼんやり写真やイラストを眺めていたら、ちょっとだけ、本当に少しだけだけれど、忙しない日常を、憂鬱な生活を忘れられるような。

でもそのムック本みたいな、フリーペーパーみたいな本は、いつ発刊されるのも決まっていなくて。
たまたま短い小説と、絵描きさんと、写真家さんとが意気投合した時だけ発刊される、偶然の産物みたいな感じで。

そういえば、そんなのあったなあ。あれ、最近見ないけれど、どうしたのかなあ。結構、格好良くて、洒落てて、面白かったよなあ。また次あったら、読みたいんだけどなあ。どっかにないのかなあ。と記憶の片隅にいつまでもこっそり残ってる、みたいな。

僕の今の理想は、そんな感じの出版物です。
多くのアーティストの方々と、小説を通じてコラボしてみたいなあ、と。
自分の小説のイメージを描いて欲しい、とか、写真撮ってとか、かなり自分勝手ですけどね。
いつかでいいから、そんなムック本みたいな、フリーペーパーみたいなもの、作ってみたいのです。

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2017-04-07 | 日常的なこと | 2 Comments » 

 

最新ポケットノベル集、電子書籍にて出版しました。

高橋です。
少しずつ書き進めていましたポケットノベルが20編となったのを機に、アマゾンと楽天それぞれのストアにて、電子書籍を出版しました。

■『若きセールスマンの安息』
【2分で読める超現実短篇集~ポケットノベル20 】
若きセールスマンの安息(電子書籍)

Amazon Kindle版
→楽天kobo版

ポケットノベルは、1編1,500文字で完結するショートストーリーです。
コメディやホラー、エロティックなものから硬派なものまで、バラエティに富んだ短編小説集となっている筈です。WEBでの横書き仕様では見辛い、電子書籍で読みたい、という方は是非ダウンロードしてみてください。

今後しばらくは、ポケットノベルの執筆を続けていくつもりです。
1,500文字という文字数は、今の自分の執筆能力上最適な文字数であり、皆さまも気楽に読んで頂けるのではないかと思っています。また何編か溜まってきたら、書籍化したいと思います。

これで、サイト内の小説が74編となりました。目標は200編に据えてます。
もちろん、数が多ければいいというものではありませんが、そこまで蓄積させると、WEB小説を公開しているサイトとして存在感が更に増してくるだろうと勝手に思っています。

引き続き、宜しくお願いします。

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仕事や家庭で疲れた方に、溜め息サイズの読み切り短編。
10編の超短編小説集、アマゾンにて無料頒布中。

愛玉【超短編小説集Ⅲ】』(Kindle版)
ASIN: B01CRSIP8G【第1版 (2016年3月)】
愛玉
■高橋熱(Atsushi Takahashi)
夫婦や家族をテーマとした現代短編小説を書いてます。
当サイトや電子書籍として既に公表している小説で
あれば転載OKです。お気軽にご相談下さい。
HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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2017-03-23 | 日常的なこと | No Comments » 

 

ポケットノベルの電子書籍化まで、残り1編。

高橋です。
本日、ポケットノベル『チチガシラ』をアップし、これで19編となりました。
もう1編をアップした段階で、kindle版(電子書籍)にまとめてみたいと思ってます。
今月中にはいけると思います。

正直、自身もそうですが、小説を読むのにWEBは少ししんどい気がしています。
書籍を読むガジェットが、キンドルやkobo、大型液晶画面のスマホなど、次々にいいものができてます。
理想は紙で読むのがいいのでしょうが、直ぐに読み終えられる自分のような個人の短編作家にとっては、むしろそうしたものの方が直ぐに読んでもらえますし、SNSを通じてリアルタイムに反応も返ってきますので、いいのかもしれません。

超短編小説「愛玉」以来の久しぶりの電子書籍出版となりますが、是非そちらでも再読いただければ幸いです。
もちろん、無料です。

花粉が酷くて、飲み薬が聞かず、点鼻薬が手放せない高橋でした。
(とくに東京の端っこのここら辺、杉の宝庫なのです^^;)

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仕事や家庭で疲れた方に、溜め息サイズの読み切り短編。
15編の無料短編小説集、アマゾンにて電子書籍頒布中。

『例えば、満月の夜の奇妙な行為、妻の変容と世界平和、
そして』(Kindle版)
ASIN: B00JDVWFZ0【第2版 (2014年5月)】
例えば、満月の夜の奇妙な行為、妻の変容と世界平和、そして













■高橋熱(Atsushi Takahashi)
夫婦や家族をテーマとした現代短編小説を書いてます。
小説の転載や執筆依頼等もお気軽にご相談ください。
HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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2017-03-10 | 日常的なこと | No Comments » 

 

1,500文字の超短編小説「ポケットノベル」、着々。

高橋です。お久しぶりです。

ひたすら拘り続けてきました1,500文字の超短編小説「ポケットノベル」も、現在18編を数える程になってきました。20編になったら、一度電子書籍にまとめてみようと思っています。

テーマも文体も、その時その時のフラッシュアイデアや発想に頼り切りで様々ですが、自身の中では、毎度微妙に実験してみたり、新しい分野に挑戦しているつもりです(殆どの方には気が付かない程度に…)。

「1,500文字」という分量は、書こうと思えば30分もかからずに書き切れる程度のボリュームですが、それがどうして、これまで、毎日1~2時間程度の執筆時間でも、一息に書き上げたものは一編もありません。短い小説だからこそ、むしろ長編を書く以上に無駄なく、丁寧に言葉を探し当てなければなりませんし、限られた字数の中で、どれだけ効果的で印象に残る文章にしなければいけないかを考えながら書きますから、思ったより時間が掛かります。

とはいえ、実際は3時間くらいかけて、ラフスケッチのように一度最後まで書き上げてしまってから、何度も修正、ブラッシュアップし(その作業に、実際に書き上げる3倍以上の時間をかけます)、完成に近付けるという方法をとっています。この「修正作業」をしている時間が、自分にとっては一番愉しい時間です。出会った頃は色気のなかった普通の女性が、僕と出会うことで女らしくなったり、艶っぽい一面を垣間見せたり、魅力的な女性に成長していく様を側でどきどきしながら、時にはらはらしながら見守っている、そんな感じです(ちょっと例えが妙ですが…)。

それにしても、このサイズの小説に特化し始めて気付いたことですが、実に僕の性格に合ってるな、と。とにかく飽きっぽい、移り気、集中力が持続しない、惚れっぽい等々(笑)。長編小説のように、複雑に絡み合うようなプロットを考えたり、伏線をひいたり回収したり、じっくり腰を落ち着けてロングランで書くという心構えを持つことが、年を経るごとに、実に困難になってきているなあ、と実感しています。

恐らく、その原因の一つには、今の仕事もそうさせているのではないかと。顧客からの要望やクレーム、組織管理や管理職としての上意下達をひっきりなしに、それこそ恐ろしい程の決断スピードを伴なった日々を過ごしていると、頭脳もそのように処理していくことに「慣れて」しまうといいますか。はい次。はい次と、正にやっつけ仕事のように。一つの事象について、長いタームでベストな方策を模索している時間も余裕も本当にないんですよ。

やっつけ仕事みたいに「小説」を書くという意味ではありませんが、ただ、ダイナミックな構造を持った、様々なキャラクターが入り乱れる長編小説のようなものを書くというのは、現状早朝1~2時間程度の執筆時間では中々ハードでタフな作業です。

一つのテーマを短期集中型で一気に書いて、いっぱしの女性に育て上げて、一週間くらいでぽん、と世に出していく、という現状のスタンスが性に合っている気がしますし、何しろ、精神衛生上、実に心地良い。

もちろん、将来仕事をリタイヤでもして時間がとれるようになれば、長編小説を書きたくなる時がくるかもしれませんが、今はただ、「短編小説」というボリュームゾーンにだけは、拘り続けていきたいと思っています(1,500文字より更に短い小説だってありだと思います)。

僅か数分で読み切ってしまう超短編小説であっても、どれだけ広い世界観を、どれだけ深い味わいを創造できるのか、もう少し挑戦していきたいと思っていますので、是非引き続き叱咤激励の程、宜しくお願いいたします。

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そして』(Kindle版)
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■高橋熱(Atsushi Takahashi)
高橋熱





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恩師たちの記憶 その③

高橋熱です。こん○○は。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその③です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

③M先生(国語・中学)

M先生は、中学1年の時の担任でした。
担任としては1年だけのお付き合いでしたが、当時の荒れた学校をどうにかして建て直そうと、「金八先生」のドラマを地で行く、とても熱い先生でした。

事実、僕の通っていた市立中学校は、酷く荒んでいました。
煙草の吸殻や酒瓶は日常的に校舎内に落ちていましたし、体育の授業中の校庭を改造バイクが疾走して、何度も授業を中断していました。
近隣の学校の生徒が大挙して校門で待ち伏せしていたり、シンナーで酩酊した先輩が校舎の三階から転落したけれど腕の骨折だけで済んだ奇跡が美談として語られたり、鑑別所に入っていた先輩がいよいよ戻って来ることにどう対策するかの職員会議が開かれるような、それはもうまともに授業に集中できる環境ではありませんでした。

そんな学校にあって、「学年主任」であったM先生は、己の心の弱さの克服やら、イジメの撲滅やら、ステレオタイプからの脱却やら、当時の僕らには少し難しい言葉も駆使しながら、自身の思いと主張を籠めた藁半紙を週に一度必ず配り、国語の授業で訥々と語りかけました。その藁半紙の文頭は、必ず「諸君!」という呼びかけから始まるのが印象的でした。

放課後

今の時代では少し暑苦しい、前近代的な教師かもしれませんが、クラスメイトが放課後の文化祭の準備をサボって、地元のゲーセンに遊びに行っているのを許さず、クラスメイト全員に作業を中断させ、近隣を捜索させることを率先してやらせるような教師など中々いない昨今(今じゃできないですね)を考えると、とても貴重な先生だったと思います。

従って、国語の授業といっても、半分は先生の藁半紙に書いてあることの解説やら最近の社会現象への雑感で費やされ、教科書を開くのはわずかな残りの時間、形式的なものでした。

しかし、僕はそんな知的で熱いM先生の話や藁半紙をとても楽しみにしていて、先生のしゃべった(書いた)言葉で分からない単語は、直ぐにその場で辞書を引いて調べていました。

そうした姿勢を見てくれていたのかどうかは分かりませんが、僕に対して先生は、いつもコーヒー風味の口臭を漂わせながら、「高橋は手が掛からない」とそればかり言うのでした。僕も所詮子供ですから、たまには「手を掛けて欲しいのになあ」と思わない訳ではないのですが、それでもM先生に「認めてもらえている」と思うのは、嬉しいことでした。

そんなM先生から、ある日提出した「読書感想文」について、こんなやりとりがありました。
「中身を読まずにここまで書けたら大したもんだ。高橋には文才があるな」
そう言って、先生はにっこり笑いながら感想文を返却してくれました。

僕はどきどきしました。中身を読んでないことを、どうして先生は知っているのだ?
正に言う通りでした。どんな本だったかは忘れてしまいましたが、僕はその本について全く読んでいませんでした。
巻末の「あとがき」(解説?)だけを読んで、大まかなあらすじと印象を把握し、自分なりの言葉に翻訳して、あたかも中学生の「読書感想文」っぽく書いたことを、先生は見事に見抜いていたのでした。

丸裸にされたような気恥かしさはありましたが、この時先生に言われた「文才がある」という言葉が、いつまでも自分の中に残りました。

また、高校受験が終わった後、いよいよ卒業するという直前、M先生に教わった生徒の何人かが自宅に招待されたことがありました。

その時、M先生は冗談半分(だったと信じていますが)に、「最近、高橋が随分と色気づいている。女性を見る視線が、ナンパな目をしている」なんてことを皆の前で言いました。一緒にいた同級生の男子達は笑い、女子達からは妙な目で見られました。

当時の僕は、どういう訳か、クラスではいやらしい部類、俗に言う「スケベ」なレッテルを貼られていました。
全くスケベなことは、したことないのに。
本名の「ひろ○○」という言葉は、「えろ○○」という言葉に差し替えられ、それがあだ名となっていました。
もっとも、僕自身、そう呼ばれることに関しては、イジメとか、嫌だとか、あまり態度に表明しなかったこともあって(いちいち反応して相手が「面白がる」のが面倒だったので)すっかりその呼び名が定着していて、先生もそれは知っているようでした。

それから、20年後の将来、どのような仕事をしているか、ということをM先生が一人ずつ進言していくことになりました。いよいよ僕の番になり、何を言われるのかと思ったら、「高橋は、きっと物書きが向いてるよ。えろ○○だけに、官能小説家なんて良いんじゃないか?」と言って、皆を笑わせました。

皆、「官能小説」の意味を分かって笑ったのかどうかは分かりませんが、僕は意味を知っていたので(やっぱり「えろ○○」だったのかな)、軽くショックを受けました。尊敬していた先生に、「官能小説家」なんて言われたのですから。

とはいえ、将来の仕事を「物書き」とか「小説家」と先生に言われたことは、自分にはそういう仕事が向いているのかなと、おぼろげながら、将来の仕事観の萌芽を示唆してもらったと今では思っています。

感想文しかり、官能小説家しかり、いずれにしても大好きだったM先生から、「書くこと」について褒められた経験は、その後益々僕の読書量を増やすことになりました。
当時は、まだそれほど強く「小説を書こう」というモチベーションはありませんでしたが、文章をまとめたり、作者の意を咀嚼して表現したり、ラブレターを書いたりという「文章作成」に関する作業は全く苦にしなくなりました。
元々好きだったことを、尊敬する先生に「お墨付き」を貰えたことで、より自信と励みになりました。

そして僕はいつか、本当に小説を書いて本にできたら、最初の1冊に「M先生に捧ぐ」とサインを入れて、M先生の自宅に届けようというのが、一つの夢であり目標になりました。

書籍

しかし、残念ながら、20代も終わる頃、M先生が胃がんで亡くなったことを卒業生の連絡網で知りました。
ただでさえ痩せていたM先生ですが、胃の大半を切除した後では、更に細くなっていたようでした。あれだけ行動的な先生でしたから、ストレスも相当なものだったことは容易に推測できます。加えて、煙草も大好き、コーヒーもお酒も、とくれば。

結局、僕の小説を先生に読んでもらうという夢は、叶いませんでした。
仕事の都合もあって、葬儀にも参列することはできませんでした。
最後の挨拶ができなかったことは、今でも心残りになっています。

中学生の僕に大きな自信と示唆を与えてもらえたM先生は、今でも僕の中にいますし、もしもこの先、本を出版できたのなら、第1号を先生のご自宅にお持ちして、天国で読んでもらいたい、そして天国から批評をしてもらいたいと本気で思っています。

「何だ、やっぱり官能小説家になったのか」と。

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

恩師たちの記憶 その②

高橋熱です。こんにちは。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその②です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

②T先生(古典・高校)

高校の古典の先生で、T先生という女性教師がいました。
現在では、既に教壇を降りているようですが、この先生、①の美術のO先生とは真逆で、滅多に「生徒を褒めない先生」で有名でした。もっとも、高校生相手に褒めまくる先生も余りいないとは思いますが。

先生は、俳句が大好きな先生でした。
時々、授業中でも、「5・7・5」に当てはめた即興の歌を自慢げに読み上げては、生徒に感想を聞いて回っていました。

それは、修学旅行の新幹線の中での出来事でした。
僕の隣に座っていた友人は、僕と比較的嗜好の合う文学好きの友人でした。
いつも、お互い最近読んだ本の感想を、やたら小難しい言葉を使って、批評家ばりに言い合って愉しんでいました。

静岡近辺を走行している辺りで、その友人の退屈も極みに達し、「この車窓の景色を句にしたため、批評をT先生にお願いし、どちらがいいものを書くか勝負しよう」ということになりました。

負けず嫌いの僕としては、当然彼の挑戦を受けない訳にはいきませんでした。
それに、あの鉄面皮のT先生をどちらがうならせることができるか、という企画も一興だと思いました。

もちろん、俳句を読んだことなど、人生で一度もありませんでしたが、「根拠のない自信」にモチベートされながら、メモ帳に思いつくまま書き連ねていきました。

三保の松原

新幹線は清水を通過していました。清水と言えば、「三保の松原」。
頭の中では、松林が海浜の風にそよぐ様子がイメージされ、僕はこんな句を詠みました。

「赤松の 反り生えたるや 富士の青」

残念ながら、友人の書いた句は忘却の彼方となってしまいましたが、お互いの自信作を持ちより、先生のシートまで出向いて批評を請うことにしました。

「先生、俳句を読んでみたのですが、ちょっと見ていただけますか?」

T先生は、一人で座席に座って本を読んでいましたが、僕らを見ると、静かに本を閉じました。
僕らが「文学好き」であることは、2年ちょっとの付き合いの中で、T先生も良く知っていました。
(だからといって、国語の点数が良かったかというと、全く真逆でしたが)

先生を慕う(ふりの上手な)生徒二人が、先生の大好きな俳句を、頼まれてもいないのに持参してきた訳ですから、嬉しくない筈はありません。
とても丁寧な、物静かな口調で、先生は「俳句ですか。それはそれは」と、赤くて太い縁の眼鏡を掛け直しました。

ひとまず、第一関門は突破という感じでしょうか。
僕と友人はお互いの顔を見合わせました。

それから先生は、僕らの力作が書かれたメモを受け取ると、直ぐに教師の顔、俳人の顔になりました。
しばらく、それぞれの俳句を見比べるように何度か眺めた後、やがて先生の顔付きは険しくなり、眉間に皺を寄せてぼそり、こう呟きました。

「二人共、つき過ぎです」

つき過ぎ。

それ以上、句に対する言及はなく(ひょっとすると言ってもらっていたのかもしれませんが、「つき過ぎ」という言葉の印象が木霊のように鳴り響いていて、その後の先生の言葉が、うまく頭の中に取り込めませんでした)、「まだまだ修行が足りません」という無言の目力に見送られ、同じく同様の指摘を受けた友人と共に、すごすご自分達の席に戻りました。
結局、どちらが上手いか、という評価を聞くまで至りませんでした。

撃沈。

T先生に褒めてもらうことは叶いませんでしたが、その時の印象が実に鮮やかで、自分が読んだ句を、未だに覚えているという訳です。

つき過ぎ。
後で調べてみると、「つき過ぎ」とは、季語と他の言葉の組み合わせが、誰もが思いつくありきたりなことを言うのだそう。
「富士の青」の部分が、そうなのか。
「赤松」と「反る」の組み合わせなのか。
あるいは、「赤」と「青」という対比も、あざと過ぎているかもしれない。

完璧だと思っていた「赤松や」の句ですが、T先生のその一言で、実に陳腐に思えました。
改良の余地は、無限にあるように思いました。
そもそも、「赤松」という言葉自体の持つ印象が、ただ植物の種類を表す固有名詞ではなく、僕が思っているより、もっともっと深い広がりがあるような気がしてきて、一度そう思い始めると、その後に続く言葉が「反る」以外にも、多くの可能性があるということに気付きました。

俳句

「17文字」という短い言葉の選択と配置の中に、多くのイメージを喚起させる「俳句」の世界は、とても奥深いと思いました。
「詩」もそうですが、僕が目指したい小説は、端的な短い言葉の配置と組み合わせによって生じる「意外性」や「奥行き」のある小説です。

代替がいくらでもきくような言葉の羅列ではなく、一つ一つの言葉の持つイメージが上手く調和したり、相反したりしながら、それでいて一つの世界観を主張する、職人芸のような短編小説。

俳句の創作は、一語一語の言葉というものに真摯に向き合った、最初の原体験であったかもしれません。
このT先生とのエピソードも、忘れられない記憶です。→ その③に続く

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③