日常的なこと

ポンコツなりの生き方。

ポンコツはポンコツなりの運転の仕方がある。
クラッチの踏みどころや繋ぎどころとか。
アクセルの加減やハンドルの癖とか。

新車と同じ感覚で、いつまでもフルスロットルで運転してたら、
そのうち無理がくるし、ガタもくる。

人生も一緒。

年をとるに従って、ポンコツなりの生き方というものを学ばなければならない。


2014-05-31 | 日常的なこと | No Comments » 

 

アマゾンにて無料キャンペーン開始(5/20~22)

アマゾン
amazonにて、短編集「既婚同士で話しませんか?」の無料キャンペーンを開始しました。
5月20日~22日の3日間限定です。
この機会に、電子書籍を読んだことない方、是非いかがでしょうか。

「Kindle 版」となっていますが、別にKindle を持っていなくても、スマホやPCから読めます。
(電子書籍リーダーのアプリ、ソフトをダウンロードしてください)

 


2014-05-21 | 日常的なこと | No Comments » 

 

WEB小説家における「編集者」。

所謂「プロ作家」というのは、担当編集者なるものがつき、その嗜好や能力によって本来の作家自身の持ち味や強みとは違った方向にバイアスがかけられていくことである。

翻ってアマチュア作家の「編集者」はその小説を読む「不特定多数」に開かれており、作家の責任と判断の元、いくらでも作品のver.を上げていくことができる。しかもそれは「出版業」という業務を負った「編集者」ではなく、純粋に「読者」というマーケットそのものとの繋ががっている。

ネットを通じて、多くの人に小説を読んでもらい、様々な感想や批判をもらうことはとても刺激になる。
ほとんどの場合、自分が想定していなかった角度や切り口から読まれたりすることに気付かされるから。
そうした「編集者」(=「読者」)をいかに持てるかが、WEB小説家として資質向上していくための条件である気がしている。


2014-04-21 | 日常的なこと | No Comments » 

 

大事なこと。

茫漠とした砂漠にいる気分。
ここまで、どうやってたどり着いたのかが分からないから、戻り方も分からない。

不毛な時間は刻々と過ぎている。
その積み重ねがこれまでの人生であり、また、これからもきっとそうだと思うと鳥肌が立つ。

1歩進んで、2歩下がる人生。
いや、地球規模の、もっと広い視野で考えてみる。
180度向きを変えたら、1歩ずつ前進しているではないか。

つまり、大事なこと。
ぶれずに、まっすぐ、前進すること。


2014-04-06 | 日常的なこと | No Comments » 

 

「落選」は慣れる?

大学生時代以来、これまで数多くの小説に関する新人賞に応募をしてきたけれど、毎度の「落選」に慣れることなんてない。
全く期待できないような賞になど、そもそも応募なんてしないし、落選結果を見る度に、砂を噛むほどの悔しさは残る。

長年経験を重ねると、「落選」や「落胆」に慣れるわけではなく、「慰め方」の選択肢を増やす能力がついてくるのだ。

ただ、最近は「新人賞」ばかりが王道ではない気がして、方向転換、というかあえて回り道をしている。
自分の夢や理想を実現しようとするのに、「新人賞を獲る」という手段がいかにも効率が悪く(あまりにも不確定要素が高過ぎる)、そして時間もかかるため、他の手段を試している。

他の手段とは、こうしてwebで小説を公開したり、本をダイレクトに販売したりすることである。
今はとにかく何でも挑戦してみること。王道云々は抜きにして、まずはやってみる。
そこから何か掴めればと。

すっかり、春だよ、世の中は。


2014-04-03 | 日常的なこと | No Comments » 

 

本はアナログの「紙ガジェット」。

先日、友人が「愛着のある漫画は絶対『電子書籍』じゃ駄目。読んだ気がしない」と言っていた。
コミック本をしっかり手中に納め、漫画の世界に「触れている感触」がいいのだ、と。電子書籍にはそれがない、と。
手にある感触と言えば、プラスチックやラバーやガラスでできた、無機質で冷たいガジェットの感覚だけだ。

なるほど、と思った。
紙媒体は決してなくならない、と改めて確信した。

書籍や文庫の良さというのは、ただ中に描かれたコンテンツだけではない。
本は、いつでもどこでもすぐに読み始めることができる適度なサイズ感と質感を保った「紙ガジェット」なのである。
漫画や小説など、読者の五感や想像力に訴えるものは、殊更そう思う。

ネットで自作をオープンにしている人間が言うのもおかしな話だが、好きな作家の小説を読む時に「電子書籍」で読もうと思わない理由も正にそういうところにある。いくら読んでも読んだ気がせず、「自分のもの」としての実感を得られないから。

自分の小説の「良さ」を一番伝えられる最高の媒体は、やはり「紙」だと思っているし、今でもそれは夢である。


2014-03-05 | 日常的なこと | No Comments » 

 

自己顕示欲の赴くままに。

マスコミとかSNSを見ていると、人の「論理的破綻」や「矛盾」をあげつらって悦に入る人があまりにも多い。
議論の根本より、むしろそれ自体を目的化しているような。

仮に「論理的破綻」や「矛盾」があったとしても、自己顕示欲の赴くまま「鬼の首」を獲ったかの如く喚き散らすのではなく、それとなく本人に気付かせてあげられるような、ゆとりと懐のある人間が、きっと大きな人間だと思う。


2014-02-27 | 日常的なこと | No Comments » 

 

愛って何?

「所詮、女は」と思った瞬間、総ての女をそう括るようになる。恋人や妻に対しても。
「今までの女とは違う」と直感したから、付き合ったり、結婚したりしたはずなのに。

恋愛や結婚は、時に不条理であり、不可解である。
それは「愛」という言葉の持つ幻想性と不確実性の所以である。
正体の良く分らぬ、この「愛」なる言葉のお陰で、人生の殆どが振り回されることになっている。

「愛とは何だ」と一言で言い切れるのなら、きっと小説なんて書いてない。


2014-02-25 | 日常的なこと | No Comments » 

 

「言葉」は鮮度。

構想が綺麗にまとまらなくても、まずは一行書き出してみたらいいと思う。
「見える化」することで、今まで気がつかなかったイメージが見えてくることもあるから。

最初から完璧な精度を求めるより、まずは最後まで書いてみて、その後でじっくり校正作業に時間をかけた方が作業効率上も精神衛生上も良い気がする。途中で順次校正するのではなく、最後まで書き切ることが大事。少なくとも自分の執筆スタイルはそうである。

言葉は鮮度。
放置しておくと、どんどん傷む。
時には、「熟成」させた方がいいものもあるけれど。


2014-02-18 | 日常的なこと | No Comments »