日常的なこと

恩師たちの記憶 その③

高橋熱です。こん○○は。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその③です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

③M先生(国語・中学)

M先生は、中学1年の時の担任でした。
担任としては1年だけのお付き合いでしたが、当時の荒れた学校をどうにかして建て直そうと、「金八先生」のドラマを地で行く、とても熱い先生でした。

事実、僕の通っていた市立中学校は、酷く荒んでいました。
煙草の吸殻や酒瓶は日常的に校舎内に落ちていましたし、体育の授業中の校庭を改造バイクが疾走して、何度も授業を中断していました。
近隣の学校の生徒が大挙して校門で待ち伏せしていたり、シンナーで酩酊した先輩が校舎の三階から転落したけれど腕の骨折だけで済んだ奇跡が美談として語られたり、鑑別所に入っていた先輩がいよいよ戻って来ることにどう対策するかの職員会議が開かれるような、それはもうまともに授業に集中できる環境ではありませんでした。

そんな学校にあって、「学年主任」であったM先生は、己の心の弱さの克服やら、イジメの撲滅やら、ステレオタイプからの脱却やら、当時の僕らには少し難しい言葉も駆使しながら、自身の思いと主張を籠めた藁半紙を週に一度必ず配り、国語の授業で訥々と語りかけました。その藁半紙の文頭は、必ず「諸君!」という呼びかけから始まるのが印象的でした。

放課後

今の時代では少し暑苦しい、前近代的な教師かもしれませんが、クラスメイトが放課後の文化祭の準備をサボって、地元のゲーセンに遊びに行っているのを許さず、クラスメイト全員に作業を中断させ、近隣を捜索させることを率先してやらせるような教師など中々いない昨今(今じゃできないですね)を考えると、とても貴重な先生だったと思います。

従って、国語の授業といっても、半分は先生の藁半紙に書いてあることの解説やら最近の社会現象への雑感で費やされ、教科書を開くのはわずかな残りの時間、形式的なものでした。

しかし、僕はそんな知的で熱いM先生の話や藁半紙をとても楽しみにしていて、先生のしゃべった(書いた)言葉で分からない単語は、直ぐにその場で辞書を引いて調べていました。

そうした姿勢を見てくれていたのかどうかは分かりませんが、僕に対して先生は、いつもコーヒー風味の口臭を漂わせながら、「高橋は手が掛からない」とそればかり言うのでした。僕も所詮子供ですから、たまには「手を掛けて欲しいのになあ」と思わない訳ではないのですが、それでもM先生に「認めてもらえている」と思うのは、嬉しいことでした。

そんなM先生から、ある日提出した「読書感想文」について、こんなやりとりがありました。
「中身を読まずにここまで書けたら大したもんだ。高橋には文才があるな」
そう言って、先生はにっこり笑いながら感想文を返却してくれました。

僕はどきどきしました。中身を読んでないことを、どうして先生は知っているのだ?
正に言う通りでした。どんな本だったかは忘れてしまいましたが、僕はその本について全く読んでいませんでした。
巻末の「あとがき」(解説?)だけを読んで、大まかなあらすじと印象を把握し、自分なりの言葉に翻訳して、あたかも中学生の「読書感想文」っぽく書いたことを、先生は見事に見抜いていたのでした。

丸裸にされたような気恥かしさはありましたが、この時先生に言われた「文才がある」という言葉が、いつまでも自分の中に残りました。

また、高校受験が終わった後、いよいよ卒業するという直前、M先生に教わった生徒の何人かが自宅に招待されたことがありました。

その時、M先生は冗談半分(だったと信じていますが)に、「最近、高橋が随分と色気づいている。女性を見る視線が、ナンパな目をしている」なんてことを皆の前で言いました。一緒にいた同級生の男子達は笑い、女子達からは妙な目で見られました。

当時の僕は、どういう訳か、クラスではいやらしい部類、俗に言う「スケベ」なレッテルを貼られていました。
全くスケベなことは、したことないのに。
本名の「ひろ○○」という言葉は、「えろ○○」という言葉に差し替えられ、それがあだ名となっていました。
もっとも、僕自身、そう呼ばれることに関しては、イジメとか、嫌だとか、あまり態度に表明しなかったこともあって(いちいち反応して相手が「面白がる」のが面倒だったので)すっかりその呼び名が定着していて、先生もそれは知っているようでした。

それから、20年後の将来、どのような仕事をしているか、ということをM先生が一人ずつ進言していくことになりました。いよいよ僕の番になり、何を言われるのかと思ったら、「高橋は、きっと物書きが向いてるよ。えろ○○だけに、官能小説家なんて良いんじゃないか?」と言って、皆を笑わせました。

皆、「官能小説」の意味を分かって笑ったのかどうかは分かりませんが、僕は意味を知っていたので(やっぱり「えろ○○」だったのかな)、軽くショックを受けました。尊敬していた先生に、「官能小説家」なんて言われたのですから。

とはいえ、将来の仕事を「物書き」とか「小説家」と先生に言われたことは、自分にはそういう仕事が向いているのかなと、おぼろげながら、将来の仕事観の萌芽を示唆してもらったと今では思っています。

感想文しかり、官能小説家しかり、いずれにしても大好きだったM先生から、「書くこと」について褒められた経験は、その後益々僕の読書量を増やすことになりました。
当時は、まだそれほど強く「小説を書こう」というモチベーションはありませんでしたが、文章をまとめたり、作者の意を咀嚼して表現したり、ラブレターを書いたりという「文章作成」に関する作業は全く苦にしなくなりました。
元々好きだったことを、尊敬する先生に「お墨付き」を貰えたことで、より自信と励みになりました。

そして僕はいつか、本当に小説を書いて本にできたら、最初の1冊に「M先生に捧ぐ」とサインを入れて、M先生の自宅に届けようというのが、一つの夢であり目標になりました。

書籍

しかし、残念ながら、20代も終わる頃、M先生が胃がんで亡くなったことを卒業生の連絡網で知りました。
ただでさえ痩せていたM先生ですが、胃の大半を切除した後では、更に細くなっていたようでした。あれだけ行動的な先生でしたから、ストレスも相当なものだったことは容易に推測できます。加えて、煙草も大好き、コーヒーもお酒も、とくれば。

結局、僕の小説を先生に読んでもらうという夢は、叶いませんでした。
仕事の都合もあって、葬儀にも参列することはできませんでした。
最後の挨拶ができなかったことは、今でも心残りになっています。

中学生の僕に大きな自信と示唆を与えてもらえたM先生は、今でも僕の中にいますし、もしもこの先、本を出版できたのなら、第1号を先生のご自宅にお持ちして、天国で読んでもらいたい、そして天国から批評をしてもらいたいと本気で思っています。

「何だ、やっぱり官能小説家になったのか」と。

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

恩師たちの記憶 その②

高橋熱です。こんにちは。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその②です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

②T先生(古典・高校)

高校の古典の先生で、T先生という女性教師がいました。
現在では、既に教壇を降りているようですが、この先生、①の美術のO先生とは真逆で、滅多に「生徒を褒めない先生」で有名でした。もっとも、高校生相手に褒めまくる先生も余りいないとは思いますが。

先生は、俳句が大好きな先生でした。
時々、授業中でも、「5・7・5」に当てはめた即興の歌を自慢げに読み上げては、生徒に感想を聞いて回っていました。

それは、修学旅行の新幹線の中での出来事でした。
僕の隣に座っていた友人は、僕と比較的嗜好の合う文学好きの友人でした。
いつも、お互い最近読んだ本の感想を、やたら小難しい言葉を使って、批評家ばりに言い合って愉しんでいました。

静岡近辺を走行している辺りで、その友人の退屈も極みに達し、「この車窓の景色を句にしたため、批評をT先生にお願いし、どちらがいいものを書くか勝負しよう」ということになりました。

負けず嫌いの僕としては、当然彼の挑戦を受けない訳にはいきませんでした。
それに、あの鉄面皮のT先生をどちらがうならせることができるか、という企画も一興だと思いました。

もちろん、俳句を読んだことなど、人生で一度もありませんでしたが、「根拠のない自信」にモチベートされながら、メモ帳に思いつくまま書き連ねていきました。

三保の松原

新幹線は清水を通過していました。清水と言えば、「三保の松原」。
頭の中では、松林が海浜の風にそよぐ様子がイメージされ、僕はこんな句を詠みました。

「赤松の 反り生えたるや 富士の青」

残念ながら、友人の書いた句は忘却の彼方となってしまいましたが、お互いの自信作を持ちより、先生のシートまで出向いて批評を請うことにしました。

「先生、俳句を読んでみたのですが、ちょっと見ていただけますか?」

T先生は、一人で座席に座って本を読んでいましたが、僕らを見ると、静かに本を閉じました。
僕らが「文学好き」であることは、2年ちょっとの付き合いの中で、T先生も良く知っていました。
(だからといって、国語の点数が良かったかというと、全く真逆でしたが)

先生を慕う(ふりの上手な)生徒二人が、先生の大好きな俳句を、頼まれてもいないのに持参してきた訳ですから、嬉しくない筈はありません。
とても丁寧な、物静かな口調で、先生は「俳句ですか。それはそれは」と、赤くて太い縁の眼鏡を掛け直しました。

ひとまず、第一関門は突破という感じでしょうか。
僕と友人はお互いの顔を見合わせました。

それから先生は、僕らの力作が書かれたメモを受け取ると、直ぐに教師の顔、俳人の顔になりました。
しばらく、それぞれの俳句を見比べるように何度か眺めた後、やがて先生の顔付きは険しくなり、眉間に皺を寄せてぼそり、こう呟きました。

「二人共、つき過ぎです」

つき過ぎ。

それ以上、句に対する言及はなく(ひょっとすると言ってもらっていたのかもしれませんが、「つき過ぎ」という言葉の印象が木霊のように鳴り響いていて、その後の先生の言葉が、うまく頭の中に取り込めませんでした)、「まだまだ修行が足りません」という無言の目力に見送られ、同じく同様の指摘を受けた友人と共に、すごすご自分達の席に戻りました。
結局、どちらが上手いか、という評価を聞くまで至りませんでした。

撃沈。

T先生に褒めてもらうことは叶いませんでしたが、その時の印象が実に鮮やかで、自分が読んだ句を、未だに覚えているという訳です。

つき過ぎ。
後で調べてみると、「つき過ぎ」とは、季語と他の言葉の組み合わせが、誰もが思いつくありきたりなことを言うのだそう。
「富士の青」の部分が、そうなのか。
「赤松」と「反る」の組み合わせなのか。
あるいは、「赤」と「青」という対比も、あざと過ぎているかもしれない。

完璧だと思っていた「赤松や」の句ですが、T先生のその一言で、実に陳腐に思えました。
改良の余地は、無限にあるように思いました。
そもそも、「赤松」という言葉自体の持つ印象が、ただ植物の種類を表す固有名詞ではなく、僕が思っているより、もっともっと深い広がりがあるような気がしてきて、一度そう思い始めると、その後に続く言葉が「反る」以外にも、多くの可能性があるということに気付きました。

俳句

「17文字」という短い言葉の選択と配置の中に、多くのイメージを喚起させる「俳句」の世界は、とても奥深いと思いました。
「詩」もそうですが、僕が目指したい小説は、端的な短い言葉の配置と組み合わせによって生じる「意外性」や「奥行き」のある小説です。

代替がいくらでもきくような言葉の羅列ではなく、一つ一つの言葉の持つイメージが上手く調和したり、相反したりしながら、それでいて一つの世界観を主張する、職人芸のような短編小説。

俳句の創作は、一語一語の言葉というものに真摯に向き合った、最初の原体験であったかもしれません。
このT先生とのエピソードも、忘れられない記憶です。→ その③に続く

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

恩師たちの記憶 その①

高橋熱です。こんにちは。
今回から、僕が学生時代に知り合った恩師3名のエピソードをご紹介します。

恩師といっても、人としての生き方や、小説の書き方を学んだということではなく、自分が今、こうして長年小説を書き続けられている動機付けを、何らかの形で与えてくれた(与え続けてくれている)恩師たちです。

既に亡くなってしまった先生もいますが、僕にとってはかけがえのない恩師であり、他の同級生はどうであれ、僕の考え方や人生に何らかの影を落としていることは間違いないと信じています。

恩師

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

① O先生(美術・小学校)

自分で言うのも何ですが、僕は絵を描くことが得意な少年でした。
特に水彩絵の具を使って書く風景画や人物画については、保育園の頃から褒められ続けてきました。
書くにあたってのプロセスや特徴を捉えるパターンを自己流で掴めるようになってからは、対象を見なくても、自分のイメージの中で描けるようになっていました。

美術のO先生は、とても温厚な性格で有名でした。
とにかく優しくて、人柄もよくて、多分学年で「好きな先生」投票をしたら、間違いなく上位に名を連ねるであろう人気の先生でした。

そして、漏れなく僕も、それはそれは何度となく、O先生から描いたものを褒められました。
当時の僕は、美術に限らず、先生に褒められることを当たり前に思うような、超生意気な子供でした。

小学校6年。美術の授業。
二人一組で相向かいに座っての人物画。
いつものように僕は、相手の顔よりもキャンバスばかりに集中して、誰が見ても「上手い」と言ってもらえるような絵を描いていました。

水彩画

一瞥すれば、大よそ相手のイメージは掴めてしまいます。
後は、普通に描いても詰まりませんから、特徴的な部分、デフォルメするに相応しいパーツをいくつかピックアップして、これ見よがしに強調を加えながら、全体のバランスを崩し過ぎない程度にまとめて描き上げていきました。

背後にO先生の気配。
僕はまたいつも通りの褒め言葉を期待して、そのまま目に薄いグレーの墨を入れていました。正面の彼はかなりネクラでしたので、全体のトーンもそのような暗い感じで統一しました。頬に影を入れ、唇に赤は使いませんでした。

最後に、真っ黒な瞳孔を一つ描き加えようとした正にその時、O先生は突然僕の手から絵筆を取り上げ、バケツにたっぷり浸して水を含ませると、今描いたばかりの目玉をぐちゃぐちゃに消してしまいました。

「自惚れるな! 前田の目が、本当にこんな目の色をしているのか!」

初めて聞く、荒々しい、それはO先生らしくない言葉でした。それだけ言い残して、O先生は行ってしまいました。
クラスの生徒も、何事かと一斉に手を止め、僕を見ていました。

先生によって塗りたくられたキャンバス上の水は、他の絵の具を巻き込みながら、いくつもの線となって、涙のように流れていきました。当然、絵は見るも無残、台無しです。

僕は何が何やら意味が分からず、滴る水を雑巾で拭いながら、まるでハンマーで頭を殴られたように、呆然としていました。どの先生にも怒られたことのない僕が、よりによって、あの温厚な、人気のあるO先生に、しかも聞いたことのないような大きな言葉で怒鳴られたのですから。

不思議ですが、O先生の記憶はそこで止まっています。
最終的に、ちゃんと絵を描き上げられたのか、その後の先生の反応はどうだったのか、今では全く覚えていません。

しかし、今思えば、O先生にはとても大切なことを教えてもらった気がします。
それは美術の授業だけに留まらない、何か。

僕は確かに、向かいに座っている前田君を、ろくに見ていませんでした。
自分の頭で勝手に想像した「前田君」を描いていました。

「キャンバスを見るより、対象を見ている時間の方が長くなければいけないよ」

それはO先生の口癖でした。

まずは、対象物をひたすら見る。
直ぐに描いてはいけない。
描くのは良く見てから。
描きながら、何度も見なさい。
対象物を見ながら描きなさい。
キャンバスはほとんど見なくていい。
とにかく良く見て、見たまま、嘘偽りなく、正直に描きなさい。


まるで、今の小説を書こうとする時の、僕の姿勢そのままじゃないか、と。

自惚れるな。

あの時言われたO先生の言葉、今でも時々頭の中にがんと轟くのです。→ その②に続く

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

「文系」と「理系」

色々な人と会話する中で、「ねっからの文系だから」とか「貴重なリケジョ」とか、「文系」「理系」を話題にすることは多くないですか?
あるいは、自分の興味や関心、得手不得手に対する言い訳を「僕は文系だから」「私は理系だから」とくくってしまってないでしょうか。

■「文理分割」の功罪

振り返れば、高校2年生くらいの頃までは、特に自分が文系だからとか、理系だからとかの分け隔てはなかった筈。
関心のあるものは何でも興味を示して、探求しようとしましたよね?
勉強しよう、と思う最初のモチベーションは、「興味」とか「好奇心」。

「どうして空は青いの?」
「物体の元になる原子って何?」
「何でラジオって音が聞こえるの?」
「宇宙って何? ブラックホールに入るとどうなるの?」 etc.

星空

とにかく、僕から見ると、「理系」の分野に、興味深いテーマは、いくらでもありました。
それが大学受験あたりを契機に、どちらかを選択しなくてはならなくなって、将来「文筆」に携われる仕事を想定した結果、「文系」を選択することになりました。更に私大志望だったので、勉強するのは「国語」「英語」、そして選択科目としての「日本史」以外勉強することがなくなりました。

それ以来、所謂理系科目の「数学」や「化学」、「物理」などの科目は、小学生から学んできた知識の大半を忘却、結果「自分、文系なんで、理系の世界はさっぱり分かりません」ということになってしまいました。
(もちろん本当に興味があれば、独学で勉強を続ける手段はありましたが、お受験の渦中にいる身としては、そんな余裕はありませんでした)

今思えば、何とももったいないなあ、と。
若い頃の、一番知識を吸収できる時期に、方向性を二者択一に決め付けてしまい、「一方は受験に関係ないのだから、勉強しなくてもいい」だなんて。

これには、大学受験そのものの仕組みとか学校教育、企業の求人にも問題があるのかもしれませんが、本当にそれでいいのでしょうか。「理系」と「文系」をすぱん、と分けてしまうやり方。人材を「理系」や「文系」で求めるやり方。

現在の大学センター試験(僕の時代は、共通一次試験といいました)では、満遍なく文理をこなす必要はありますが、それも大学に進んでしまえば、文系理系学部に分けられてしまいます。

■イノベーティブな「小説家」

社会に出て、僕も20有余年、様々な人、様々な企業と出会う中で、「斬新なアイデア」とか「イノベーション」が求められる時代、今までのカテゴリーや常識には囚われない発想豊かな人材の重要性は、ますます高まっているように感じています。

特に、この文系、理系を明確に分け隔て、そのカテゴリー内の専門性に嵌めこんでいく教育スタイルというのは、どうも個々人の能力ののびしろにタガをはめてしまうような気がしてなりません。

文系と理系

確かに一つの領域を極めるという発想は、自主的に研究テーマを据えて知識を習得していこうとする義務教育の先の「大学」という教育機関の存在理由だとは思います。

ただ、閉塞した時代を突き動かしていく、新しい発想、常識の打破などは、本来その領域を担っていた「文系」「理系」のカテゴリにはあまり当てはまらないような人材の能力開発が、一方では必要な気がします。

文系的直感力のある理系人材、理系的論理性のある文系人材のような、クロスオーバーの能力を磨いていくことがいかに大事であるか、ということを、最近特に実感しています。
元々分け隔てなく持っていたはずの好奇心、興味を、大人になった今こそ解放する時なのではないかと。(昨今の大学での、この「文理融合」の波は、正に社会側からの要請に基づいた動きなのでしょう)

大人になって、社会に出てから、その職域の「道を極める」ということは当然としても、停滞感や閉塞感を打ち破り、何か新しい局面を切り開いたり、清新な発想力、想像力を奮い立たせようと思ったならば、少なくとも自分とは専門外(と思ってきた)の分野に、意識的に関心を持とうとすること、それによって隠されてきた自身の能力が再開発されるという可能性もあるのではないかと思います。(実際にイノベーティブな人達って実に好奇心旺盛ですよね。多趣味ですし)

文系のあなたは、もっと自然科学に興味を持ってみよう。
理系のあなたは、もっと美術館に足を運んでみよう。

ひょんなことから、新しい視野が開けるかもしれません。

僕自身も、小説のテーマやモチーフがある特定の領域だけに偏向しないよう、また新しい文体、文法を開発する為にも、意識的に異分野の刺激を求めていこうと思います。

イノベーティブな小説家を目指して。


 

たった一人のために書く小説。

「たった一人のために書く小説」

そんな小説があってもいいのではないか、と思っています。
もちろん、「一人」とは、自分のことではありません。
この広いインターネットの世界の中で、偶然(必然?)、僕の存在を知り、少しでも足を止めていただけた、僕以外の「誰か」という意味です。

広いインターネットの中で


■小説のアップ時に必ず押される「拍手」ボタン

かつて、僕はもう一つブログサイトを作っていて、そちらにも本サイトと同じ小説を公開していました。
ブログでは、Facebookでいうところの「いいね」ボタンに該当する「拍手」ボタンというものがありました。

そのブログは、どちらかというと、ホームページのアクセス数をアップさせる為に、リンクを増やすことを意識して作成したサイトなので、一生懸命そこを宣伝するようなことはしませんでしたし、本サイトをご覧いただいている方であれば、見る必要のないサイトでしたので、ダイレクトにそのサイトで小説を読んで貰える可能性など、極めて低いサイトでした。

ところが、ブログで短編小説をアップする度に、翌日、必ず「1拍手」が記録されているのです。
しかし「拍手」ボタンを押していただいている方が、一体どこの誰かは全く分かりません。

サイト自体への訪問者数やページビューは、ブログの管理画面で大よそ知ることはできますが、実際に訪問された方が、間違いなく小説を読んで頂いているのかどうかは分かりません。また、感想などのコメントがないと、その小説がその方にとって「良かった」のか「まずかった」かも分かりません。


しかし、僕のブログを必ずチェックしてくれていて、能動的に「拍手」ボタンを押してくれている方がこの世には最低一人はいる、という事実を知りました。

■特定の読者を想定して書く「ペルソナ短編小説」

拍手ボタン一つ押されたからといって、小説を読んでもらえたのかどうかの証拠を示す物でもありません。
ただの「励まし」かもしれませんし、間違えてクリックしただけかもしれません。

けれど、小説をアップした翌日には必ず押されている「拍手」ボタンを、僕は正直嬉しく思いましたし、自分の小説を待ってくれている方が確実にいる、という確証のようなものを得ることが出来ました(「勝手に思い込むことが出来た」という方が正確かもしれません)。

その時、ふと思いました。どこの誰が、この拍手ボタンを押してるのかは分からないけれど、その「たった一人」の人の為に書く小説があってもいいのではないか、と。

もう少し具体的に言うと、その「たった一人」がどういう人なのか、こちらが詳細に想像して、その人の嗜好を満足させることのできる小説というものを意識的に書いても良いのではないか、と考えました。

主婦の憩い

以前にも書きましたが、マーケティング用語で「ペルソナ」という考え方があります。何かの商品開発をする時に、それを購入し使用するのは一体どんな属性や生活環境、生活様式を持った人なのかをかなり詳細に設定する、そのイメージ像のことを「ペルソナ」と呼び、そのペルソナを購買者と想定してマーケティング活動を行っていくことです。

■逆ファンレター小説

僕の小説が、実際どういう方に多く読んでもらえているのかというのは正確には分かりませんが、少なくとも、十~二十代の若い方というよりは、四十代以降、僕と同世代かそれ以上の方が多いのではないかと推測しています。男女の割合もほぼ半々ではないかと。これは、今まで感想コメントを入れて頂いた方や、アマゾンのカスタマーレビューなどを読んでいると、そんな感じなのかなという程度の想像です。

もっとも、夫婦関係の在り方や機微なんてものをテーマにした短編が多い僕の小説を、まだ未婚の若い方が好き好んで読む、ということはあまり想像できません。
(とは言いながら、僕自身は学生の頃、夫婦の諍いや情事を描いた小説を「覗き見的」に読むのが大好きでしたけれど)

「自分が書きたい物を、自分の思うがままに書いていく」というスタイルは理想ですし、そうありたいとは思いますが、時には、「たった一人」の読者を綿密に想定した上で、その方が満足するような小説とは一体何だろうということを考えながら書く、というのも、書き手として、また違った愉しみをもたらすのではないかと思っています。

それは、まるで一方的な愛情表現、ラブレターにも似た感覚なのかもしれません。相手が男性であれ、女性であれ。逆ファンレターのような。

ファンレター

実際、そのブログを閉鎖してからも、僕はその方が本サイトに訪れているものだと勝手に思い込んで、その方のことを想像し、何本かの小説は、そうしたモチベーションで書いたことがあります。このサイトには、「拍手」ボタンはありません。けれど、僕は密かに、たった一人の方にラブレターを書くような気持ちで、これからも時々、小説を書いてみたいと思っています。

その方からの、たった一つだけの「拍手」を貰う為に。



 

僕の執筆環境の整え方

小説を書いている人の「執筆環境」というのは、本当に人それぞれだと思います。
書斎のソファに腰深く座り、いらいらと頭を掻き毟りながら、机上のキーボードをただ黙々と叩き続ける、というのが一般的なイメージだと思いますが(ちょっと古臭い?(笑))、家ではなくファミレスや図書館じゃないと書けない、という人もいたり、集中力やモチベーションを維持する為に、ある「個人的儀式」(「五郎丸ポーズ」みたいな)を終えないと、執筆に入り込んで行けないというのもあるかと思います。

本当に個人的なことですが、今僕がどんな執筆環境の中で書いているかについて、ちょっとだけ。

執筆環境要素1 「完全無音・完全個室」

周囲に「」があると全く集中できない為、自室に籠ります。BGMも一切駄目です。マンションの上階の住人の足音も、バイクの音はもちろん、PCのCPUファンの音さえ気になります。

従って、家人もうさぎも眠っている、そうした雑音が一番少ない早朝が、僕の執筆時間です。
(→【関連記事】「早朝4時に小説を書くということ」)

ファミレスとか喫茶店で執筆するというのは、僕の場合、ありえません。周りが気になって気になって。視野に「動き」が入ってくるのも、目で追ってしまうので駄目です。ああいう衆人のいるような場所で、机広げて勉強できる人が信じられません。

でも世の中には、ああいう場所の方が集中できる、なんていう人がいるので、面白いですね。
娘の話で恐縮ですが、僕の高校生の娘は、音楽を流していないと集中できない、と言います。イヤホンをしながら教科書開けているので、てっきり英語のヒアリングでもやっているのかと思ったら、「真田丸」の戦闘シーンのサントラ!を聴いているのだと。モチベーションが上がるらしいです。成績は思ったようには上がってないようですが。

執筆環境要素2 「アロマ」

まず、朝起きたらトイレに行き、冷水をコップ一杯飲んだら、無印良品で買ったアロマディフューザーに水を注ぐことからスタートします。オイルは単一ではなく、ブレンドして使うことが多いです。

アロマオイル

「眠気覚まし」と「集中力を高める」両方の効果を兼ね備えているレモングレープフルーツを多用しています。柑橘系は好物です。ミントユーカリ、ローズマリーなどのハーブ系もグッドです。もちろん、アロマディフューザーの香りだけではなく、ヒノキのような木材や、コーヒーの匂いなども、執筆を促進させる重要な芳香です。

「香り」や「匂い」に関しては、自身かなり敏感ですし、完全無音状態と合わせて、僕の執筆環境には重要なファクターです。
変な話ですが、街の雑踏や駅などで、昔の彼女と同じ香水がすると、つい振り返ってしまいます。顔や体の印象は色褪せても、匂いの記憶だけはいつまでも色褪せません。すいません、余談でした。

執筆環境要素3 「いにしえの名言」

心が変われば、態度が変わる。
態度が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
運命が変われば、人生が変わる。

様々な分野の著名人が度々引用しているので、ご存知の方も多いと思います。僕がこの言葉を最初に聞いたのは、大学時代のゼミの教授からでした。元はヒンズー教の教えのようですが、言葉の流れ方、文章の展開の仕方、とても好きな言葉の一つです。

色々なバリエーションがあるようですが、この配列と言葉の選択が一番しっくりきます。僕のパソコンの前の壁には、いつもこの言葉が見えるように貼ってあります。

その言葉の意味通り、結論から言えば、人生を変える為には、まず「心」を変える必要がある、ということです。最初の「心」を変えるトリガー、ここが肝になります。どうしたら「心」は変えられるのか。

何か「大きな衝撃」を外部刺激として受けるのがいいのかもしれませんが、これはそう滅多にあるものではないし、こちらが予測できるものでもありません。現実的には、「小さな感動」「小さなショック」を受け続けることだと思っています。

その為にも、今自分が身を置く場所、興味のある範疇だけではなく、全く違った分野、違った世界を意識的に覗きに行く、体験しに行く積極性や好奇心を持つことなのかなと。自らの力だけで心を変革するというのは、言うは易しですが、非常に難しいことだと思っています。

今回のテーマとはずれますのでこれ以上は触れませんが、ちょっとだらけてしまっていたり、楽な方へ流されてしまいそうになった時などに、この言葉を復唱し、初心の志に戻るようにしています。
皆さんは、どんな座右の銘をお持ちですか?

執筆環境要素4 「絵画のポストカード」

これは目の前ではなく、サイドの壁際に整然とクリップで留めています。今は、マネ、ティツィアーノ、ヴァロットン、ダービーなど、時代も筆遣いも、あまり脈略はありません。美術館に行って気に入ったポスカを買ってきては、べたべたと。

ヴァロットンのポスカ

煮詰まった時、息抜きしたい時に目を向けると、瞬間的に癒されます。
絵画を見るというのは、テキストによる脳内の妄想状態において、視覚からの情報の刺激を突然入れることが、脳の発想転換にいいのかもしれません。ストーリー性のあるヴァロットンの絵画からは、いくつかの短編のヒントを得たこともあります。最近はとんと美術館に行けてないので、ポスカがほぼ固定化されています。

→【関連記事】「自小説と絵画

執筆環境要素5 「短編小説」

いつでも手を伸ばせる位置に、国内外の短編集を並べています。今あるのはバーセルミ、バクスター、マラマッド。国内では庄野潤三。短編小説のオーソリティばかりですが、インスピレーションを得るためや、小説を書く合間合間に、ごく稀に読み返す時があります。どちらかというと、積ん読であり、装飾品です(当然、一度は読んでいますが)。それほど読まないのに本を側に置くというのは、何と言うか、「お守り」みたいな感じなんでしょうね。

→【関連記事】「久しぶりのバクスター」 

執筆環境要素6 「うさぎ」

ひょっとすると、実はこれが小説を書く僕自身の固有環境の中で、極めて重要な要素なのかもしれないぞ、と密かに思っています。僕はうさぎを飼っています。僕が望んだものではなく、最初は娘が飼いたい、と言い出して飼い始めたミニウサギが一羽います。

朝起きると、うさぎは大人しくケージの中で丸まっていますが、しっかり目を開けて僕の入室から執筆中の姿、また支度を始める迄の一部始終をそれとなく観察しています(僕が、ではなく、うさぎが僕を、です)。

 cmazy9tueaadhsu-jpg-large

時々、牧草をむしゃむしゃ食べたり、じゃあじゃあ音を立てておしっこしたり、鼾をかいて寝始めたりもします。朝の4時に、です。うさぎは夜行性なのでこれが普通です。とにかく大人しく、気ままな小動物です。行儀良く座り、毛づくろいしながらも僕の視線に気付くと、すっと動作を止め、僕と視線を合わせる。だからいって、何を求めるのでもなく、小時間、じっと見つめ合っています。

確実に生命が存在しているのだという実感。その生命は、空想ではなく、想像でもなく、現実の側のルールに従い、確実に年を取り、やがて滅んでいく。そうした現実世界の「確証」のようなものを感じられるからこそ、僕は心置きなく異世界探訪が出来る。いつでも戻れる現実が、うさぎによって正しく担保されているからこそ。

絵や本という無機物では、その用はなせない。かといって、「人」ではあまりに現実に近過ぎる。音を発しない「小動物」辺りが、僕の場合は丁度いい気がします。

【関連短編小説】「かわいいうさぎ」

以上、思いつくままに書いてみましたが、他の小説家の皆さんには、また違ったそれぞれの環境作りがあると思います。
きっと、僕には想像もできないような環境の中で書いている方がいるかもしれません。
そんな話を聞いてみるのも、パンドラの匣を開ける様で楽しいかも。


 

「プロ作家」と「素人小説家」の違い その⑤(まとめ)

高橋です。前回からの続き、まとめです。

■短編小説の専門作家として

僕は気が多い人間なので、じっくり腰を据えた長編小説が中々書けない人間です。もちろん時間がない、ということもあります。限られた時間に集中して書く作業の中で、息の長い長編小説を一年かけて書き続けるモチベーションも気力もありません。

といいますか、途中できっとプロットも伏線も忘れてしまいます。昔から長距離走は大の苦手でした。短距離は瞬発力が勝負です。そこはとても得意な分野です。だから仕事も、「短編小説専門」ということでお願いしています。

僕もそうですが、この世の中には「短編小説ばかりを好んで読む方」がいます。そこで、僕も最近では、短編小説の中でも特に短いものを「超短編小説」とか「ポケットノベル」などと名付けて、それこそ5分以内で読み切れる小説ばかりを書いています。

「そんなもの、文学と呼べるか。小説と呼べるか」というご指摘、ご批判もあるかもしれませんが、どう呼ぼうが呼ぶまいが、そうした「短めの小話」を好んで読む層がいることは間違いないのです。

WEB小説が広く読まれる以前には、そうした読者に提供される書籍はほとんどありませんでした。今だって、満員電車の中では本を広げることすらできない状況です。

満員電車

しかしスマホやタブレットなら、吊革につかまって、立ったまま小説を読むことができます。防水タイプのものなら、浴槽の中でも本が読めます。電子化のメリットはいろいろなところにあります。ガジェット側の機能や選択肢が広がってきているのであれば、コンテンツ側の選択肢も広がっていくのは必然の流れですし、そうでなくてはガジェットも広がりません。ハードとソフトはいつの時代でも常に一身同体です。

■増え続ける「素人」作品

日々増殖し続ける素人小説家の小説は、もちろん自身もその末端に身を置いている訳ですが、プラットフォームの選択肢が増えるに伴って、恐ろしいスピードで拡大しています。小説の投稿サイトや電子書籍出版サイトが新たに開設されると、あっという間に数万という点数の小説が登録されていきます。(僕が3年前に登録した「パブー」という電子書籍出版サイトでは、当初6,000前後で推移していた登録点数が、今では42,000点を超えています)

アマゾンにおいても、KDPという仕組みの中で誰もが簡単に出版できるようになってから、途方もない数の小説が新規にアップされています。しかしどれだけ出版点数が増えようが、売れる小説は売れるし、売れないものは売れない、ただその結果があるだけです。WEBにおいては、プロや素人の区別はありません。皆、同じ地平線上に並んでいます。販売するフロアも書棚も一緒です。

書棚

電子書籍の場合は、廃刊という概念がなく、売れない書籍でもずっと蔵書として残り続けるため、いい小説に出くわす可能性が相対的に少なくなるということは、あるかもしれません。いい小説が、悪く言えば「ゴミのような小説」に埋もれてしまう、という懸念。

ただ、今は様々な形で「いい小説」が埋もれない仕掛けが考案されています。カスタマーレビューや評価で検索できたり、立ち読み機能として中身の一部を公開していたり。電子書籍専門の紹介サイト(「きんどるどうでしょう」など)や素人小説家の電子書籍ガイドなども立ち上がっています(もちろん、選定する側の「目利き」や「嗜好」の問題はありますが)

当然電子出版側も、いい小説、売れる小説は、多くの人に知らせたいでしょうし、売りたいと思っています。読者も自分に合った小説をどうやったら見つけられるかを考えています。その両者のマッチングをとるための仕組みはこれからも様々に登場し続けると思いますが、最終的には、読者側の判断となる点については変わりありません。

今回のブログでは、先のツイッターでの意見(素人小説家が有料販売する行為の可否、プロ作家と素人小説家を分ける境界線はどこか)をベースにして、自身の立ち位置を合わせて確認してみる、ということで5回に渡り書いてきました。

僕はあくまでも、小説を読んで頂いている方々に常に寄り添っています。もし、それでもプロと素人を分ける必要はあるということであれば、出版社が決めたプロではなく、読者が決めたプロになりたい、と思っています。

そのために、難しい言葉ではなく、理解され易い言葉、読み易い言葉をなるべく使うように心がけています。読書の時間をしっかり確保できる方よりは、あまり時間のとれない方を想定して、小説は極力短い小説と決めています。

同世代の方々に向けて、自身と似たような生活環境にある方に共感いただけるテーマの小説をこれからも書いていこうと思っています。

■WEB小説から「芥川賞」!?

こうしたスタンス、やり方は「文学じゃない、プロじゃない」と言われても構いません。出版社が主催する従来の文学新人賞をプロの登竜門とする考え方を否定するものでも、決してありません。

ただ、時代に合わせて、「もっと違ったプロデビューの方法」があってもいいのではないか、と。小説家としての身の立て方があってもいいのではないかと思うのです。いつか、WEB小説出身の芥川賞作家が生まれたっていいのではないかとか。

現在の選考システム上、そんなことはありえませんが、かなり本気で想像したりもしますし、もし「芥川賞」がWEB小説までを包含して選考対象にする、ということになれば、これは大革新であり、次世代の賞としてまた違った読者の裾野を広げることができるチャンスではないかとも考えます。どうせ業界の「お祭り」というなら、なるべく多くの参加者、多くの聴衆があった方が面白いじゃないですか。(あの「ノーベル文学賞」でさえ、ボブ・ディランが受賞したりしましたし)

従来の王道だけではなく、日々進化するインターネットツールを上手く活用しながら、新しい「小説家」のモデルが生まれることを期待したいですし、僕自身も、その一端を担っていけたらと思っています。自信なんてありません。間違っているかもしれません。でも今の僕が考えうる、できうる最善のことを続けていきたいと思っています。少なくとも、僕の書いたものを「面白い」と言って頂ける数少ない、けれども大切な方々のために。

希望

以上、こんなに長くなるなんて思っても見ませんでした。タイトルからはかなり脱線してしまったかもしれません。すいません^^;)。でも、これまでの自分の小説に対する考え方、これからの生き方について考えるいいきっかけでしたので、思いのたけを遠慮なく書かせていただきました。こんな思いで小説を書いている奴がいるんだなあ、程度に思って頂ければ幸いです。

拙文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

【関連記事】
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い①
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い②
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い③
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い④
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い⑤(まとめ)


 

「プロ作家」と「素人小説家」の違い その④

高橋です。前回からの続き、その④です。
今回と次回でまとめます。もう少々お付き合いください。
次に、③信頼できる「需給関係」が崩壊する、という点についてです。

■純文学の定義とWEB小説

一般的に「純文学」という言葉で括られているジャンルを想定しますと、僕も昔からこのジャンルの小説が大好物であり、小説家を志そうと思ったのも、また人生の節目節目で、僕のものの見方や考え方、生き方に深くかかわってきたものも、この分野の小説です。

当然、思い入れもあるし、自身を育ててもらったという感謝もありますので、今特に若い人が純文学を読まなくなったとか本離れが止まらないなどと言われると、とても切ない気持ちになります。ただそれは、若い人だけの問題ではなく、小説を提供している「供給側」に問題はなかったのか、ということもあると思っています。供給側、つまりこれまでの出版社、ということです。

以前はそれほど気にしたことはなかったのですが、この文学なり芸術なりという言葉が、とてもアカデミックな閉鎖性を想起させ、元来「大衆娯楽」であった筈の小説が「大衆化」するのを拒絶しているような印象を持つようになりました。

芸術

「誰もが使える文字や言語というツール」で書かれている小説が、「分かる奴にしか分からない、分かる奴が分かれば良い」といった「独りよがりの、言語芸術の世界」として、囲われてしまったように感じます。

言葉も「ツール」である以上、時代に合わせて変化するだろうし、時代が違えば、社会、価値観も変わります。複雑な文章や小難しい言葉や真新しいメタファーを組み合わせたものが「高尚な文学」であって、そうではないものには、「文学性」も「芸術性」もない、という固定観念がいつまでも出版社側にあるような気がします。「文学とはそういうものだ」という固定観念。

「今はそうではないのだ」と。もっとライトに読めるけれど、深く考えさえられたり、印象に残るいい小説だってたくさんあるよと。もちろんそうなのかもしれませんが、僕から見ると、まだまだ様々な年齢層の様々なニーズにマッチした商材としての「文学」は供給不足ではないかと思っています。

今、僕は小説を、少しでも多くの販売数の達成を目的とした、企業の「商品」として捉えた場合、という想定で話しています。「文学」を商材と捉えることには違和感がある、という方もいるかもしれませんが、値札が付いて消費者向けに流通している以上、それが芸術であれ大衆向けであれ、他の娯楽商品との競争性を伴った、れっきとした「商品」です。

プロと素人の境界と合わせて、これまでの出版社が出版物を一定のルールに基づいて市場に提供してきた方法が、今問われています。著者への印税、価格設定、流通、販売方法もろもろ、これまでのビジネスモデルと商習慣が、インターネットの普及によって大きな変革期を迎えています。

プロと素人を厳格に隔てていたはずの、「プロは、リアルな書籍を出版する権利を有する者」、逆から言えば、「印刷されたリアルな出版物を持たないプロなど存在しない」という概念は、失われつつあるのではないでしょうか。

■短編1つから「書籍化」できる「電子書籍」

小説が一つの形ある「書物」となって書店流通するにあたっては、小説も一定のボリュームが必要になります。
僕のように、短編専門で書いている人間の小説を、たった一話だけを本にして出版する、というのは、従来の仕組みでいけば、製造コスト、流通コスト、採算性から考えて論外です。原稿用紙50枚にも満たない短編小説が、どんなに「いい小説」であるとしても、それだけで書籍化され、出版されることはありえませんでした

短編1冊で売れる売れないは別にして、それを可能にしたのが、WEBで書籍を販売する「電子出版」です。
リアルな出版では様々な理由から「出版できなかった書籍」や、書店の棚の関係で置くことのできなかった「あまり売れない本」でも、電子出版なら24時間、365日開店しているネット上の「書店」で、売り買いすることが出来ます。

電子で何でも出版ができるようになると、小説は好きだけれど、何らかの事情(忙しくてあまり読む時間がない、本屋が側にない、リアル本に読みたくなるような本がない、経済的にたくさんの本が買えないなど)で小説に触れることが少なくなった人達に、小説を読んでもらうことができます。

家事育児の合間の読書

僕がWEBで小説を公開し始めるようになってから感じたことが、正にそういう人々が、この世の中には確実に存在する、ということでした。市販の書籍は高くて中々買えない、あまりに忙しくて長編小説は読み切れない、家事や育児の合間のちょっとした息抜きに相応しい短めの小説を読みたい、そうしたニーズや不満の声があることを教えていただきました。

■満たされない隙間を埋める「WEB小説」「電子書籍」

そして今僕の小説を読んでいただいている方々も、もちろん、既存のリアルな書籍を読みながら、同時に無料のWEB小説や有料のKindle小説を読んでいる。出版社の出版する本だけではなく、電子書籍やWEB小説も、「読書」の選択肢として選ばれている。

こうなると、「純文学」などのジャンル分けもあまり必要ないのかもしれません。「口コミ」をベースに、面白い小説か、そうじゃない小説が選別されていくだけです。

僕のサイトは、今「純文学」というような表現を使っていません。大まかな小説の内容でカテゴライズする為の「テーマ」と、文章の「長短」だけです。以前は「純文学」なる言葉も使っていたのですが、上記の理由からどうもしっくりこない感じがありましたし、何人かの方から、「これは純文学じゃない」と言われました。言われたから変えた訳ではありませんが、この言葉のもつ曖昧性が、ミスマッチを引き起こしてしまう恐れが強くなったと感じたからです。

「純文学」という言葉自体、人によって様々に理解されてしまう言葉だと思います。僕の中では、今までは「生きることを考える小説」という意味で使っていました。ざっくり言ってしまえば、そんなイメージです。それほど深く理解している訳ではありません。読んだ後に、これからの自分の生活や生き様を考える上で、何らかの示唆や検討をするきっかけ、ヒントを与えてくれる小説。そんな理解です。もちろんストーリー展開や魅力的なキャラクターも必要ですが、主眼はそこではありません。

「純文学じゃない」と言われた方は、恐らく難しい言葉や表現や、旧来の所謂「純文学作家」たちの小説と比較されたのではないかと思います。だとすれば、僕の書いているものは、かなりかけ離れているかと思います。難しい表現やメタファーや構成は、極力使わないようにしている訳ですから。

読者の不満

むしろ、そう言う意味だけに囚われ続けていると、読者のニーズからかけ離れた商品を量産することにもなりかねません。プロダクトアウトの発想では、もうモノは売れません。「分かる奴には分かればいい」という独りよがりの痩せ我慢が、そういつまで続くとは思えません。

電子書籍やWEB小説における素人小説家は、そのような読者の、既存出版物では満たされなかった隙間を上手く埋めているのだと思います。読者の声を聞いて、どんどんリライトも加えますし、ストーリーを変えていきます。直接読者の声を聞きながら小説を書く、こうした執筆方法をこれまでの仕組みの中でプロ作家ができたでしょうか。ダイレクトに読者と繋がることができるWEBだからこそ可能になったと思っています。(→次回に続く

【関連記事】
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い①
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い②
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い③
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い④
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い⑤(まとめ)


 

「プロ作家」と「素人小説家」の違い その③

高橋です。
前回からの続き、その③です。
話を元に戻します。

■「プロ」と「素人」を何で区別する?

プロ小説家

主張その①の「有料販売は『出版社』のお墨付きが必要だ」ということについて、僕の考えとの相違点は、「プロ」と「素人」をどこで区別するのか、という点です。

その方の主張では、プロは「新人賞受賞作家など、出版社が主催する賞を受賞した人や、編集者の目を通じて校閲を終えた出版物を出している者に限る」ということです。ここでは、「プロたること」を認める主体は、「出版社」です。出版社にお墨付きを得られないとプロとは言わない、言ってはいけない、自ら「作家」だとか「小説家」などと自称すべきではない、ということです。

前回のブログで書いた通り、僕もWEBを活用する以前は、ずっとそう思っていましたし、それが当たり前だと思っていました。しかしあまりに自分の嗜好や方向性とかけ離れていく作家の本を読む(お金を払って読ませられる)につれ、果たして「プロ」とは一体何なのだろう、と疑問を抱くことが多くなりました。

装丁や帯はとても“立派”なのですが、どうにか苦労して最後まで読み終わった後でも、結局、何も残らない。出版社の厳格なチェックを突破して、単行本1,500円の値札を付けて売られている、プロの書いた「商品」な筈なのに。

一時期、「若い女性」ばかりが新人賞を賑わしたことがありました。その傾向は未だに続いていると思っています。所謂「話題性」で本を売る、ということがかなり露骨に行われている気がしてなりませんでした。

当たり前ですが、出版社も営利企業ですから、小説だろうが雑誌だろうが、「売れてなんぼ」と考えれば当然のことです。しかし「プロをプロたらしめてきた出版社」が、その内容やクオリティよりはむしろ、扇情的なキャッチコピーや話題性ばかりに頼ったり、既成作家の既得権を頑なに守ろうとする(のように見える)姿勢に対して、僕の出版社への不信感が少しずつ生まれてきました。これは書き手の目線というよりは、むしろ一読者の視点として。

ここでは出版社を批判するテーマではないので、余り深くは言及しませんが、つまるところ、「プロの小説家」とは一体何か。
あくまでも僕の定義としてですが、

「小説という商品を自ら生産販売し、生計を立てている人」

と考えています。

■「出版社による出版」から「個人出版」へ

所謂職業としての「小説家」を選択し、商品としての「小説」を書いて販売し、その収入で生計を立てている人が、今自分の考える「プロ作家」像です。「小説を書く」「本を出版する」というアウトプットだけを捕えた「プロ」ではなく、それを有料で読む(買う)販売先を有しているか否か、また一時的ではなく継続性が保たれているか、というところまでを含めたものです。

従って、いくら出版社のお墨付きを得て「プロになった」としても、書いた小説を購入してくれる相手がいなければ、プロとは言えないのではないか、と思っています。この場合、「小説を買う」のは最終消費者だけではありません。出版社はもちろん、一般の民間企業、学校、行政なども含まれます。

もちろん民間企業の場合は、その「プロ小説家」の書いた小説を買って、自分のところの商品を売っていかなければならない訳で、企業の商品の売り先である「最終消費者」の満足度や企業イメージを高めていかなければならないところに繋がっている点では、「最終消費者に売っている」ことと同義とも言えます。所謂「BtoBtoC」というビジネスです。

今は、出版社を通じた出版といっても、自費出版という方法や、Kindleダイレクトパブリッシングのように自ら電子書籍を作って、セルフパブリッシングとして販売したり(自分で作れなくても、代行業者は沢山あります)、SNSなどのコミュニケーションツールを駆使して、個人販売できる時代です。

キンドルベストセラー

「プロ」に限らず、誰もが自分の書いた小説を個人個人に直接売ることが出来る「仕組み」がある時代に、「出版社」が認めた者以外「プロではない」とする考え方は、やや視野が狭量な気がします。出版社の企画による小説だろうが、自費出版だろうがKindleだろうが、もしもそれで一定数の読者が承認し、収入を獲得し続けることができるのであれば、その方は立派な「プロ」と呼んでいいのではないかと思っています。つまり、その人がプロの小説家であるかないかは、出版社ではなく、お金を払う「最終消費者」たる読者が決めるのだと。

■良い小説 つまらない小説

これはあくまでも僕自身の捉え方ですから、今回の方のように「いや、それはやはり出版社が決めるべきだ」というご意見があってもいいと思いますし、「プロとは収入のあるなしではなく、精神論やポリシーの問題だ」という主張もありだと思います。

ただ、今の出版市場の状況やアマゾンがやろうとしているビジネスモデルの今後を想像してみるに、もはや「プロ」とか「素人」の区分けも必要にならなくなってくる(既にそうなっている?)気がします。ダウンロードの結果が全ての世界に。その良し悪しは別にして。

小説を書く人は、押し並べて「小説家」であって、「いい小説を書く小説家」か「つまらない小説を書く小説家」か、ということだけです。いい小説を書く人の物は放っておいても売れるし、つまらない小説を書く人の本は半永久的に売れない。売れる売れないはあくまでも最終消費者側の判断に委ねられます。


良い小説つまらない小説

裏を返せば、読者自身にも「いい小説」と「つまらない小説」をきちんと見分ける「目利き」が必要になる、ということでもあります。読者自身も試されることに(必然的に)なります。出版社が出す物を「プロの書いたものだからいい小説のはずだ」と信じ、自らの目利きを出版社に委ねていた時代から、出版社を通さないものまでを含めて、自らの「目利き力」で、お金を出して買うに足る小説を選択しなければならない時代になったのだと思います。

有象無象、あまたの小説達が世の中に溢れ返る中で、自分が本当に求めている本はどれなのかを探し出すことは容易ではありません。ただ少なくとも小説が好きな方にとっては、この出版革命、と言いますか電子書籍を代表とするセルフパブリッシングのブーム、あるいはアマゾンによる月額読み放題のようなサービスは、本の選択の裾野を広げ、これまで触れることのできなかった多くの「いい小説家」、自分が読みたいと思う小説を適確に提供してくれる、自分だけの小説に出会うきっかけになるではないかと思っています。

(→次に続く

【関連記事】
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い①
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い②
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い③
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い④
 「プロ作家」と「素人小説家」の違い⑤(まとめ)