日常的なこと

詩のような小説、小説のような詩

そんなものを書くのが理想なのかもしれない。
必要最小限の言葉から想起させるイメージ。

それは別に感傷的とか、抒情的ということを意味するのではなく。

読み手の想像力如何で、作者ですら思いもよらぬ世界をイメージできるような。無限大に膨らませられるような。

そんな、小説。

最近、やたら詩人に憧れる。


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

「年をとる」ということ。

「年をとる」ということを何で実感するか。以前、ある人がこんなことを言っていた。「毎日行っている日常的なことが、徐々に重く感じてくること。それが年をとるということだ」と。

なるほど。そう実感する時がある。

以前なら、苦もなくやっていたことが、いちいち重労働に感じること。
考える間もなくやってのけていたものが、一つ一つ強い決意とモチベーションを鼓舞しないとやり遂げることができないこと。

う~ん、なんか最近やることなすこと、何だかみんなそんな気がするなあ^^;

気持ちに余裕がない、っていうか…。焦っているわけではないけれど。
以前はもっと年をとることを「楽しんで」いた気がする。早く年をとりたい、と思ったことすらある。
けれども、今は時が止まってほしい、と思うようになってしまった。年をとると、精神も肉体も衰えていく、ということを「体感」しているのかもしれない…。

肉体はともかく、精神は年をとるごとに「高み」に向かっていくと信じていたのに、どうもそんなことないようである。むしろ、今は退行すらしているように感じる。
もう、世の中からは「今時の若いもんは…」という年齢じゃなくなった。むしろ、自分たちが「今時の若いもんは…」なんてぶつぶつ呟く年齢に達している。そんなこと、大人になっても自分だけは絶対言うもんか、と決心したはずなのに…。

歩く度にひざがぽきぽきとなるし。何でもないところで、いきなり躓くし。痰が良く絡むし。朝はめちゃくちゃ早く目が覚めてしまうし。肉より魚派になってしまったし。もの覚えも悪いし、もの忘れも酷いし。

はぁ、やれやれ。
どうしたものか。


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

「かわいいうさぎ」のその後

丁度、生後丸2年を迎える我が家のミニウサギ。
ケージの「ががががが」とやる癖は、ちょっと小腹がすいた時だけになり、その頻度は、小説に寝不足のうっぷんをはらしていた頃と比べるとうんと楽になった。
それでもいまだに懇切丁寧なケージのケアやら、餌やりやら、爪切りやらの世話はほとんど僕の担当になっていて、超多忙な日常にあってそれ相応の時間を取られることになる。

とはいえ、不思議なもので、手をかければかけるほど、愛着というものは増すのもで、あれほど“憎たらしかった”ミニウサちゃんが、今では我が子と同じくらい可愛く思えてきた。

声をかければよってくるし、僕の顔を見るなり、「ほれほれ、おやつはどうした?」とおねだりするし、手の甲やら指の間やら足の先までいつまでもぺろぺろ舐めてるし…まったくもう、ぐりぐりなでなでしたくなってしまうのである。

今思えば、買いたての頃は当然人にも環境にも慣れておらず、脳だって人間同様、未発達の状態から少しずつおりこうさんになっていく。赤ん坊と同じように、寂しければ泣くし、お腹空いたら泣く。嵐が過ぎ去ってしまえば、「そんなこともあったっけなあ~」といい思い出になるけど、その真っ只中にいる時は、「一生この状態が続くのか」と思うくらい、しんどいものである。
こうしてみると、ペットを育てることも、育児をすることも、おんなじことなんだなあとしみじみ。

とにかく、「かわいいうさぎ」のその後は、本当に「かわいいうさぎ」さんになっております。。

 


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

狂ったように

狂ったように聴いた、ロックンロール。
狂ったように読んだ、詩と小説。
狂ったように吸った、メンソール。
狂ったように飲んだ、バーボンウイスキー。
狂ったように抱いた、行きずりの女。

四十を目前とした今、そのどれもが僕の生活から姿を消した。
僕の目の前にあるものはただ、目の前にあるリアルな「生活」だけだ。

おそらく、おそらくだが、今必要としないものは、生涯必要ないだろう。

そして次に僕の生活から姿を消すものは、一体何なのだろう。

あまりにも味気ない、悲しき人生なり。


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

心が変われば、人生が変わる。

心が変われば、態度が変わる。
態度が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
運命が変われば、人生が変わる。

いろんな著名人がこの言葉を引用するので、知ってる人も多いと思う。ヒンズー教の教えか何からしいが、とてもいい言葉である。僕のパソコンの前の壁には、いつもこの言葉がある。
結論を言えば「心」が変わると「人生」が変わる、ということだが、では最初の「心」を変えるトリガーとは?

おそらくそれは「頭」で考えることじゃなくて、「身をもって体感する」ことのような気がする。
しかし心を変えることはそう簡単なことではない。

「書を捨てよ、町に出よう」。
これは寺山修二の言葉だが、これも大好きな言葉の一つ。

おかげで、学生時代、「純文学」に明け暮れていた僕は、今まったく本を読まなくなり、実社会の中で、様々な人々、様々な生き様に触れながら、共に喜び、共に泣き、全ての五感の感度を上げて、「現代」という時代のシャワーを浴びている。


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

週末の料理人

僕は週末の休日には必ず一日、朝から晩まで食事の支度をする。

料理はどこか小説を書くことと似ている。素材を新たに調達し(もちろん、手持ちのものでもいい)、自分なりのスパイスや隠し味を駆使しながら、一つの作品(料理)を作り、食べた人の感想を聞く。
うむ、これって全く小説を書く作業と同じじゃないか。

だから昔から台所に立つのは苦じゃなかった。
大学時代のアルバイトも割烹料理屋でしていたし、バブル崩壊期に就活で、受ける先々で悉く撃沈していた僕は、本当にこのまま調理師免許でもとって板前になろうと思っていたほどだ。

料理は楽しい。
小説を書くことも。

だから、決して一人だけの自己満足ではなく、多くの人に食してもらって、「また作ってね」と言われるような料理人(あ、いや、小説家か^^;)になれたらいいな。


2013-02-16 | 日常的なこと | No Comments » 

 

百人の読者を万遍なく満足させる小説よりも、

たった一人でいいから、

人生を変えてしまうくらい熱狂させる小説。

そんな小説を、僕は書いてみたい。

夢。


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