執筆・書くことについて

拙著『若い夫婦がベッドの中で話すこと』アマゾンにて無料キャンペーン実施中!

こんにちは。
高橋熱です。

さて、下記の著書につきまして、昨夜より無料キャンペーンを開催しています。
リライトして全ての短編に手を加えていますので、未読の方はこの機会に是非!

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『若い夫婦がベッドの中で話すこと』
 ~夫婦に関する4つの短編(Kindle版)~
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1,500文字完結の20のショートストーリー。
アマゾンkindleにて爆売中。
『若きセールスマンの安息』(Kindle版)
ASIN: B06XSL638Z【第1版 (2016年3月)】

■短編小説専門
高橋熱(Atsushi Takahashi)

HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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夫婦をテーマとした4編の短編集を再出版しました。

ご無沙汰でした。
高橋熱です。

再出版に向けてリライトを行っていました下記の短編集が、昨日アマゾンにて出版開始となりした。

今回リライトを思い立った背景は、各短編とも当初の執筆から既に数年~十数年が経過しており、誤字脱字はもちろん、内容の一部にやや時代にそぐわない点が出てきたことと、現在の僕の視点で、もう一度改めて小説のコアや伏線を見直してみたい、という欲求が生じてきたからです。

「完璧な文章は存在しない」という信念、従って「完璧な小説も存在しない」という観点から、小説について「これで完成です」ということはないと僕は思っていて、良い小説を創る為のリライト作業、ブラッシュアップというのは永遠に続けていくべきものだと信じています。また、それが一般の印刷物とは違う、電子書籍やWEB小説の良いところだと思っています。

多かれ少なかれ、時が経過すると共に僕自身も年をとり、僕なりの人生経験知も蓄積されている(のはず?)中で、元来この4つの小説たちが本当に語られたがっていることに常に耳を傾けていくことは、小説の中の登場人物たちにとっても、僕自身の責務であると思っています。

従って、今回の改稿も、誤字脱字や文章リズムの見直しだけに留まらず、小説の「核心」の一部に手を入れているものもあり、以前読んでいただいたことのある方にも、また違った風合い、印象をもって読んでいただけるのではないかと確信しています。

ここのところ、「ポケットノベル」と勝手にカテゴライズした「1,500字完結」の小説ばかり書いていたせいで、その十倍、二十倍のボリュームの小説(それでも一般的には「短編小説」です)と相対すると、とても長い長い小説に感じられ、今これだけのものを書いてみろ、と言われると、実際書けるのかどうか、ちょっと尻込みをしてしまう感じですが、しかし今回のリライトを通じて分かったことは、この長さ、このボリューム感がないと「伝えられないこと」もあるんだ、ということを改めて感じました。小説の「深み」というか、「奥行き」というか。それに、ワクワクしたりドキドキしたり、旧友たちと何年振りかに再会した時のような、自身とても懐かしい感覚もありました。これは新発見でした。

元々リライトするのは好きなのですが、今の自身の持てる全精力を傾けて、一編一編丹念にまとめ直した短編集ですので、是非ご一読いただき、またご感想もいただければ幸いです。

また、前回のブログでもお伝えの通り、短編集については今後もう2冊、既刊を見直し再出版する予定ですので、今しばらくお待ちください。

『若い夫婦がベッドの中で話すこと』
 ~夫婦に関する4つの短編(Kindle版)~

【収録作品】
1.『青虫』(16,800字)
2.『湿疹-ステロイドと赤い下着』(28,000字)
3.『奇跡の微笑は、いつものフードコートから。』(25,600字)
4.『若い夫婦がベッドの中で話すこと』(14,000字)
若い夫婦他3短編集

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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1,500文字完結の20のショートストーリー。
アマゾンkindleにて爆売中。
『若きセールスマンの安息』(Kindle版)
ASIN: B06XSL638Z【第1版 (2016年3月)】

■短編小説専門
高橋熱(Atsushi Takahashi)

HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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1,500文字の超短編小説「ポケットノベル」、着々。

高橋です。お久しぶりです。

ひたすら拘り続けてきました1,500文字の超短編小説「ポケットノベル」も、現在18編を数える程になってきました。20編になったら、一度電子書籍にまとめてみようと思っています。

テーマも文体も、その時その時のフラッシュアイデアや発想に頼り切りで様々ですが、自身の中では、毎度微妙に実験してみたり、新しい分野に挑戦しているつもりです(殆どの方には気が付かない程度に…)。

「1,500文字」という分量は、書こうと思えば30分もかからずに書き切れる程度のボリュームですが、それがどうして、これまで、毎日1~2時間程度の執筆時間でも、一息に書き上げたものは一編もありません。短い小説だからこそ、むしろ長編を書く以上に無駄なく、丁寧に言葉を探し当てなければなりませんし、限られた字数の中で、どれだけ効果的で印象に残る文章にしなければいけないかを考えながら書きますから、思ったより時間が掛かります。

とはいえ、実際は3時間くらいかけて、ラフスケッチのように一度最後まで書き上げてしまってから、何度も修正、ブラッシュアップし(その作業に、実際に書き上げる3倍以上の時間をかけます)、完成に近付けるという方法をとっています。この「修正作業」をしている時間が、自分にとっては一番愉しい時間です。出会った頃は色気のなかった普通の女性が、僕と出会うことで女らしくなったり、艶っぽい一面を垣間見せたり、魅力的な女性に成長していく様を側でどきどきしながら、時にはらはらしながら見守っている、そんな感じです(ちょっと例えが妙ですが…)。

それにしても、このサイズの小説に特化し始めて気付いたことですが、実に僕の性格に合ってるな、と。とにかく飽きっぽい、移り気、集中力が持続しない、惚れっぽい等々(笑)。長編小説のように、複雑に絡み合うようなプロットを考えたり、伏線をひいたり回収したり、じっくり腰を落ち着けてロングランで書くという心構えを持つことが、年を経るごとに、実に困難になってきているなあ、と実感しています。

恐らく、その原因の一つには、今の仕事もそうさせているのではないかと。顧客からの要望やクレーム、組織管理や管理職としての上意下達をひっきりなしに、それこそ恐ろしい程の決断スピードを伴なった日々を過ごしていると、頭脳もそのように処理していくことに「慣れて」しまうといいますか。はい次。はい次と、正にやっつけ仕事のように。一つの事象について、長いタームでベストな方策を模索している時間も余裕も本当にないんですよ。

やっつけ仕事みたいに「小説」を書くという意味ではありませんが、ただ、ダイナミックな構造を持った、様々なキャラクターが入り乱れる長編小説のようなものを書くというのは、現状早朝1~2時間程度の執筆時間では中々ハードでタフな作業です。

一つのテーマを短期集中型で一気に書いて、いっぱしの女性に育て上げて、一週間くらいでぽん、と世に出していく、という現状のスタンスが性に合っている気がしますし、何しろ、精神衛生上、実に心地良い。

もちろん、将来仕事をリタイヤでもして時間がとれるようになれば、長編小説を書きたくなる時がくるかもしれませんが、今はただ、「短編小説」というボリュームゾーンにだけは、拘り続けていきたいと思っています(1,500文字より更に短い小説だってありだと思います)。

僅か数分で読み切ってしまう超短編小説であっても、どれだけ広い世界観を、どれだけ深い味わいを創造できるのか、もう少し挑戦していきたいと思っていますので、是非引き続き叱咤激励の程、宜しくお願いいたします。

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仕事や家庭で疲れた方に、溜め息サイズの読み切り短編。
15編の無料短編小説集、アマゾンにて電子書籍頒布中。

『例えば、満月の夜の奇妙な行為、妻の変容と世界平和、
そして』(Kindle版)
ASIN: B00JDVWFZ0【第2版 (2014年5月)】
例えば、満月の夜の奇妙な行為、妻の変容と世界平和、そして













■高橋熱(Atsushi Takahashi)
高橋熱





夫婦や家族をテーマとした現代短編小説を書いてます。
小説の転載や執筆依頼等もお気軽にご相談ください。
HP: http://pandoranovels.com/
Twitter: http://twitter.com/Atsushi_Takah
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恩師たちの記憶 その③

高橋熱です。こん○○は。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその③です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

③M先生(国語・中学)

M先生は、中学1年の時の担任でした。
担任としては1年だけのお付き合いでしたが、当時の荒れた学校をどうにかして建て直そうと、「金八先生」のドラマを地で行く、とても熱い先生でした。

事実、僕の通っていた市立中学校は、酷く荒んでいました。
煙草の吸殻や酒瓶は日常的に校舎内に落ちていましたし、体育の授業中の校庭を改造バイクが疾走して、何度も授業を中断していました。
近隣の学校の生徒が大挙して校門で待ち伏せしていたり、シンナーで酩酊した先輩が校舎の三階から転落したけれど腕の骨折だけで済んだ奇跡が美談として語られたり、鑑別所に入っていた先輩がいよいよ戻って来ることにどう対策するかの職員会議が開かれるような、それはもうまともに授業に集中できる環境ではありませんでした。

そんな学校にあって、「学年主任」であったM先生は、己の心の弱さの克服やら、イジメの撲滅やら、ステレオタイプからの脱却やら、当時の僕らには少し難しい言葉も駆使しながら、自身の思いと主張を籠めた藁半紙を週に一度必ず配り、国語の授業で訥々と語りかけました。その藁半紙の文頭は、必ず「諸君!」という呼びかけから始まるのが印象的でした。

放課後

今の時代では少し暑苦しい、前近代的な教師かもしれませんが、クラスメイトが放課後の文化祭の準備をサボって、地元のゲーセンに遊びに行っているのを許さず、クラスメイト全員に作業を中断させ、近隣を捜索させることを率先してやらせるような教師など中々いない昨今(今じゃできないですね)を考えると、とても貴重な先生だったと思います。

従って、国語の授業といっても、半分は先生の藁半紙に書いてあることの解説やら最近の社会現象への雑感で費やされ、教科書を開くのはわずかな残りの時間、形式的なものでした。

しかし、僕はそんな知的で熱いM先生の話や藁半紙をとても楽しみにしていて、先生のしゃべった(書いた)言葉で分からない単語は、直ぐにその場で辞書を引いて調べていました。

そうした姿勢を見てくれていたのかどうかは分かりませんが、僕に対して先生は、いつもコーヒー風味の口臭を漂わせながら、「高橋は手が掛からない」とそればかり言うのでした。僕も所詮子供ですから、たまには「手を掛けて欲しいのになあ」と思わない訳ではないのですが、それでもM先生に「認めてもらえている」と思うのは、嬉しいことでした。

そんなM先生から、ある日提出した「読書感想文」について、こんなやりとりがありました。
「中身を読まずにここまで書けたら大したもんだ。高橋には文才があるな」
そう言って、先生はにっこり笑いながら感想文を返却してくれました。

僕はどきどきしました。中身を読んでないことを、どうして先生は知っているのだ?
正に言う通りでした。どんな本だったかは忘れてしまいましたが、僕はその本について全く読んでいませんでした。
巻末の「あとがき」(解説?)だけを読んで、大まかなあらすじと印象を把握し、自分なりの言葉に翻訳して、あたかも中学生の「読書感想文」っぽく書いたことを、先生は見事に見抜いていたのでした。

丸裸にされたような気恥かしさはありましたが、この時先生に言われた「文才がある」という言葉が、いつまでも自分の中に残りました。

また、高校受験が終わった後、いよいよ卒業するという直前、M先生に教わった生徒の何人かが自宅に招待されたことがありました。

その時、M先生は冗談半分(だったと信じていますが)に、「最近、高橋が随分と色気づいている。女性を見る視線が、ナンパな目をしている」なんてことを皆の前で言いました。一緒にいた同級生の男子達は笑い、女子達からは妙な目で見られました。

当時の僕は、どういう訳か、クラスではいやらしい部類、俗に言う「スケベ」なレッテルを貼られていました。
全くスケベなことは、したことないのに。
本名の「ひろ○○」という言葉は、「えろ○○」という言葉に差し替えられ、それがあだ名となっていました。
もっとも、僕自身、そう呼ばれることに関しては、イジメとか、嫌だとか、あまり態度に表明しなかったこともあって(いちいち反応して相手が「面白がる」のが面倒だったので)すっかりその呼び名が定着していて、先生もそれは知っているようでした。

それから、20年後の将来、どのような仕事をしているか、ということをM先生が一人ずつ進言していくことになりました。いよいよ僕の番になり、何を言われるのかと思ったら、「高橋は、きっと物書きが向いてるよ。えろ○○だけに、官能小説家なんて良いんじゃないか?」と言って、皆を笑わせました。

皆、「官能小説」の意味を分かって笑ったのかどうかは分かりませんが、僕は意味を知っていたので(やっぱり「えろ○○」だったのかな)、軽くショックを受けました。尊敬していた先生に、「官能小説家」なんて言われたのですから。

とはいえ、将来の仕事を「物書き」とか「小説家」と先生に言われたことは、自分にはそういう仕事が向いているのかなと、おぼろげながら、将来の仕事観の萌芽を示唆してもらったと今では思っています。

感想文しかり、官能小説家しかり、いずれにしても大好きだったM先生から、「書くこと」について褒められた経験は、その後益々僕の読書量を増やすことになりました。
当時は、まだそれほど強く「小説を書こう」というモチベーションはありませんでしたが、文章をまとめたり、作者の意を咀嚼して表現したり、ラブレターを書いたりという「文章作成」に関する作業は全く苦にしなくなりました。
元々好きだったことを、尊敬する先生に「お墨付き」を貰えたことで、より自信と励みになりました。

そして僕はいつか、本当に小説を書いて本にできたら、最初の1冊に「M先生に捧ぐ」とサインを入れて、M先生の自宅に届けようというのが、一つの夢であり目標になりました。

書籍

しかし、残念ながら、20代も終わる頃、M先生が胃がんで亡くなったことを卒業生の連絡網で知りました。
ただでさえ痩せていたM先生ですが、胃の大半を切除した後では、更に細くなっていたようでした。あれだけ行動的な先生でしたから、ストレスも相当なものだったことは容易に推測できます。加えて、煙草も大好き、コーヒーもお酒も、とくれば。

結局、僕の小説を先生に読んでもらうという夢は、叶いませんでした。
仕事の都合もあって、葬儀にも参列することはできませんでした。
最後の挨拶ができなかったことは、今でも心残りになっています。

中学生の僕に大きな自信と示唆を与えてもらえたM先生は、今でも僕の中にいますし、もしもこの先、本を出版できたのなら、第1号を先生のご自宅にお持ちして、天国で読んでもらいたい、そして天国から批評をしてもらいたいと本気で思っています。

「何だ、やっぱり官能小説家になったのか」と。

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

恩師たちの記憶 その②

高橋熱です。こんにちは。
学生時代に知り合った恩師のエピソードその②です。

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

②T先生(古典・高校)

高校の古典の先生で、T先生という女性教師がいました。
現在では、既に教壇を降りているようですが、この先生、①の美術のO先生とは真逆で、滅多に「生徒を褒めない先生」で有名でした。もっとも、高校生相手に褒めまくる先生も余りいないとは思いますが。

先生は、俳句が大好きな先生でした。
時々、授業中でも、「5・7・5」に当てはめた即興の歌を自慢げに読み上げては、生徒に感想を聞いて回っていました。

それは、修学旅行の新幹線の中での出来事でした。
僕の隣に座っていた友人は、僕と比較的嗜好の合う文学好きの友人でした。
いつも、お互い最近読んだ本の感想を、やたら小難しい言葉を使って、批評家ばりに言い合って愉しんでいました。

静岡近辺を走行している辺りで、その友人の退屈も極みに達し、「この車窓の景色を句にしたため、批評をT先生にお願いし、どちらがいいものを書くか勝負しよう」ということになりました。

負けず嫌いの僕としては、当然彼の挑戦を受けない訳にはいきませんでした。
それに、あの鉄面皮のT先生をどちらがうならせることができるか、という企画も一興だと思いました。

もちろん、俳句を読んだことなど、人生で一度もありませんでしたが、「根拠のない自信」にモチベートされながら、メモ帳に思いつくまま書き連ねていきました。

三保の松原

新幹線は清水を通過していました。清水と言えば、「三保の松原」。
頭の中では、松林が海浜の風にそよぐ様子がイメージされ、僕はこんな句を詠みました。

「赤松の 反り生えたるや 富士の青」

残念ながら、友人の書いた句は忘却の彼方となってしまいましたが、お互いの自信作を持ちより、先生のシートまで出向いて批評を請うことにしました。

「先生、俳句を読んでみたのですが、ちょっと見ていただけますか?」

T先生は、一人で座席に座って本を読んでいましたが、僕らを見ると、静かに本を閉じました。
僕らが「文学好き」であることは、2年ちょっとの付き合いの中で、T先生も良く知っていました。
(だからといって、国語の点数が良かったかというと、全く真逆でしたが)

先生を慕う(ふりの上手な)生徒二人が、先生の大好きな俳句を、頼まれてもいないのに持参してきた訳ですから、嬉しくない筈はありません。
とても丁寧な、物静かな口調で、先生は「俳句ですか。それはそれは」と、赤くて太い縁の眼鏡を掛け直しました。

ひとまず、第一関門は突破という感じでしょうか。
僕と友人はお互いの顔を見合わせました。

それから先生は、僕らの力作が書かれたメモを受け取ると、直ぐに教師の顔、俳人の顔になりました。
しばらく、それぞれの俳句を見比べるように何度か眺めた後、やがて先生の顔付きは険しくなり、眉間に皺を寄せてぼそり、こう呟きました。

「二人共、つき過ぎです」

つき過ぎ。

それ以上、句に対する言及はなく(ひょっとすると言ってもらっていたのかもしれませんが、「つき過ぎ」という言葉の印象が木霊のように鳴り響いていて、その後の先生の言葉が、うまく頭の中に取り込めませんでした)、「まだまだ修行が足りません」という無言の目力に見送られ、同じく同様の指摘を受けた友人と共に、すごすご自分達の席に戻りました。
結局、どちらが上手いか、という評価を聞くまで至りませんでした。

撃沈。

T先生に褒めてもらうことは叶いませんでしたが、その時の印象が実に鮮やかで、自分が読んだ句を、未だに覚えているという訳です。

つき過ぎ。
後で調べてみると、「つき過ぎ」とは、季語と他の言葉の組み合わせが、誰もが思いつくありきたりなことを言うのだそう。
「富士の青」の部分が、そうなのか。
「赤松」と「反る」の組み合わせなのか。
あるいは、「赤」と「青」という対比も、あざと過ぎているかもしれない。

完璧だと思っていた「赤松や」の句ですが、T先生のその一言で、実に陳腐に思えました。
改良の余地は、無限にあるように思いました。
そもそも、「赤松」という言葉自体の持つ印象が、ただ植物の種類を表す固有名詞ではなく、僕が思っているより、もっともっと深い広がりがあるような気がしてきて、一度そう思い始めると、その後に続く言葉が「反る」以外にも、多くの可能性があるということに気付きました。

俳句

「17文字」という短い言葉の選択と配置の中に、多くのイメージを喚起させる「俳句」の世界は、とても奥深いと思いました。
「詩」もそうですが、僕が目指したい小説は、端的な短い言葉の配置と組み合わせによって生じる「意外性」や「奥行き」のある小説です。

代替がいくらでもきくような言葉の羅列ではなく、一つ一つの言葉の持つイメージが上手く調和したり、相反したりしながら、それでいて一つの世界観を主張する、職人芸のような短編小説。

俳句の創作は、一語一語の言葉というものに真摯に向き合った、最初の原体験であったかもしれません。
このT先生とのエピソードも、忘れられない記憶です。→ その③に続く

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

恩師たちの記憶 その①

高橋熱です。こんにちは。
今回から、僕が学生時代に知り合った恩師3名のエピソードをご紹介します。

恩師といっても、人としての生き方や、小説の書き方を学んだということではなく、自分が今、こうして長年小説を書き続けられている動機付けを、何らかの形で与えてくれた(与え続けてくれている)恩師たちです。

既に亡くなってしまった先生もいますが、僕にとってはかけがえのない恩師であり、他の同級生はどうであれ、僕の考え方や人生に何らかの影を落としていることは間違いないと信じています。

恩師

僕が小説家を志す為にお世話になった恩師たち

① O先生(美術・小学校)

自分で言うのも何ですが、僕は絵を描くことが得意な少年でした。
特に水彩絵の具を使って書く風景画や人物画については、保育園の頃から褒められ続けてきました。
書くにあたってのプロセスや特徴を捉えるパターンを自己流で掴めるようになってからは、対象を見なくても、自分のイメージの中で描けるようになっていました。

美術のO先生は、とても温厚な性格で有名でした。
とにかく優しくて、人柄もよくて、多分学年で「好きな先生」投票をしたら、間違いなく上位に名を連ねるであろう人気の先生でした。

そして、漏れなく僕も、それはそれは何度となく、O先生から描いたものを褒められました。
当時の僕は、美術に限らず、先生に褒められることを当たり前に思うような、超生意気な子供でした。

小学校6年。美術の授業。
二人一組で相向かいに座っての人物画。
いつものように僕は、相手の顔よりもキャンバスばかりに集中して、誰が見ても「上手い」と言ってもらえるような絵を描いていました。

水彩画

一瞥すれば、大よそ相手のイメージは掴めてしまいます。
後は、普通に描いても詰まりませんから、特徴的な部分、デフォルメするに相応しいパーツをいくつかピックアップして、これ見よがしに強調を加えながら、全体のバランスを崩し過ぎない程度にまとめて描き上げていきました。

背後にO先生の気配。
僕はまたいつも通りの褒め言葉を期待して、そのまま目に薄いグレーの墨を入れていました。正面の彼はかなりネクラでしたので、全体のトーンもそのような暗い感じで統一しました。頬に影を入れ、唇に赤は使いませんでした。

最後に、真っ黒な瞳孔を一つ描き加えようとした正にその時、O先生は突然僕の手から絵筆を取り上げ、バケツにたっぷり浸して水を含ませると、今描いたばかりの目玉をぐちゃぐちゃに消してしまいました。

「自惚れるな! 前田の目が、本当にこんな目の色をしているのか!」

初めて聞く、荒々しい、それはO先生らしくない言葉でした。それだけ言い残して、O先生は行ってしまいました。
クラスの生徒も、何事かと一斉に手を止め、僕を見ていました。

先生によって塗りたくられたキャンバス上の水は、他の絵の具を巻き込みながら、いくつもの線となって、涙のように流れていきました。当然、絵は見るも無残、台無しです。

僕は何が何やら意味が分からず、滴る水を雑巾で拭いながら、まるでハンマーで頭を殴られたように、呆然としていました。どの先生にも怒られたことのない僕が、よりによって、あの温厚な、人気のあるO先生に、しかも聞いたことのないような大きな言葉で怒鳴られたのですから。

不思議ですが、O先生の記憶はそこで止まっています。
最終的に、ちゃんと絵を描き上げられたのか、その後の先生の反応はどうだったのか、今では全く覚えていません。

しかし、今思えば、O先生にはとても大切なことを教えてもらった気がします。
それは美術の授業だけに留まらない、何か。

僕は確かに、向かいに座っている前田君を、ろくに見ていませんでした。
自分の頭で勝手に想像した「前田君」を描いていました。

「キャンバスを見るより、対象を見ている時間の方が長くなければいけないよ」

それはO先生の口癖でした。

まずは、対象物をひたすら見る。
直ぐに描いてはいけない。
描くのは良く見てから。
描きながら、何度も見なさい。
対象物を見ながら描きなさい。
キャンバスはほとんど見なくていい。
とにかく良く見て、見たまま、嘘偽りなく、正直に描きなさい。


まるで、今の小説を書こうとする時の、僕の姿勢そのままじゃないか、と。

自惚れるな。

あの時言われたO先生の言葉、今でも時々頭の中にがんと轟くのです。→ その②に続く

【関連記事】
恩師たちの記憶 その①
恩師たちの記憶 その②
恩師たちの記憶 その③


 

「文系」と「理系」

色々な人と会話する中で、「ねっからの文系だから」とか「貴重なリケジョ」とか、「文系」「理系」を話題にすることは多くないですか?
あるいは、自分の興味や関心、得手不得手に対する言い訳を「僕は文系だから」「私は理系だから」とくくってしまってないでしょうか。

■「文理分割」の功罪

振り返れば、高校2年生くらいの頃までは、特に自分が文系だからとか、理系だからとかの分け隔てはなかった筈。
関心のあるものは何でも興味を示して、探求しようとしましたよね?
勉強しよう、と思う最初のモチベーションは、「興味」とか「好奇心」。

「どうして空は青いの?」
「物体の元になる原子って何?」
「何でラジオって音が聞こえるの?」
「宇宙って何? ブラックホールに入るとどうなるの?」 etc.

星空

とにかく、僕から見ると、「理系」の分野に、興味深いテーマは、いくらでもありました。
それが大学受験あたりを契機に、どちらかを選択しなくてはならなくなって、将来「文筆」に携われる仕事を想定した結果、「文系」を選択することになりました。更に私大志望だったので、勉強するのは「国語」「英語」、そして選択科目としての「日本史」以外勉強することがなくなりました。

それ以来、所謂理系科目の「数学」や「化学」、「物理」などの科目は、小学生から学んできた知識の大半を忘却、結果「自分、文系なんで、理系の世界はさっぱり分かりません」ということになってしまいました。
(もちろん本当に興味があれば、独学で勉強を続ける手段はありましたが、お受験の渦中にいる身としては、そんな余裕はありませんでした)

今思えば、何とももったいないなあ、と。
若い頃の、一番知識を吸収できる時期に、方向性を二者択一に決め付けてしまい、「一方は受験に関係ないのだから、勉強しなくてもいい」だなんて。

これには、大学受験そのものの仕組みとか学校教育、企業の求人にも問題があるのかもしれませんが、本当にそれでいいのでしょうか。「理系」と「文系」をすぱん、と分けてしまうやり方。人材を「理系」や「文系」で求めるやり方。

現在の大学センター試験(僕の時代は、共通一次試験といいました)では、満遍なく文理をこなす必要はありますが、それも大学に進んでしまえば、文系理系学部に分けられてしまいます。

■イノベーティブな「小説家」

社会に出て、僕も20有余年、様々な人、様々な企業と出会う中で、「斬新なアイデア」とか「イノベーション」が求められる時代、今までのカテゴリーや常識には囚われない発想豊かな人材の重要性は、ますます高まっているように感じています。

特に、この文系、理系を明確に分け隔て、そのカテゴリー内の専門性に嵌めこんでいく教育スタイルというのは、どうも個々人の能力ののびしろにタガをはめてしまうような気がしてなりません。

文系と理系

確かに一つの領域を極めるという発想は、自主的に研究テーマを据えて知識を習得していこうとする義務教育の先の「大学」という教育機関の存在理由だとは思います。

ただ、閉塞した時代を突き動かしていく、新しい発想、常識の打破などは、本来その領域を担っていた「文系」「理系」のカテゴリにはあまり当てはまらないような人材の能力開発が、一方では必要な気がします。

文系的直感力のある理系人材、理系的論理性のある文系人材のような、クロスオーバーの能力を磨いていくことがいかに大事であるか、ということを、最近特に実感しています。
元々分け隔てなく持っていたはずの好奇心、興味を、大人になった今こそ解放する時なのではないかと。(昨今の大学での、この「文理融合」の波は、正に社会側からの要請に基づいた動きなのでしょう)

大人になって、社会に出てから、その職域の「道を極める」ということは当然としても、停滞感や閉塞感を打ち破り、何か新しい局面を切り開いたり、清新な発想力、想像力を奮い立たせようと思ったならば、少なくとも自分とは専門外(と思ってきた)の分野に、意識的に関心を持とうとすること、それによって隠されてきた自身の能力が再開発されるという可能性もあるのではないかと思います。(実際にイノベーティブな人達って実に好奇心旺盛ですよね。多趣味ですし)

文系のあなたは、もっと自然科学に興味を持ってみよう。
理系のあなたは、もっと美術館に足を運んでみよう。

ひょんなことから、新しい視野が開けるかもしれません。

僕自身も、小説のテーマやモチーフがある特定の領域だけに偏向しないよう、また新しい文体、文法を開発する為にも、意識的に異分野の刺激を求めていこうと思います。

イノベーティブな小説家を目指して。


 

たった一人のために書く小説。

「たった一人のために書く小説」

そんな小説があってもいいのではないか、と思っています。
もちろん、「一人」とは、自分のことではありません。
この広いインターネットの世界の中で、偶然(必然?)、僕の存在を知り、少しでも足を止めていただけた、僕以外の「誰か」という意味です。

広いインターネットの中で


■小説のアップ時に必ず押される「拍手」ボタン

かつて、僕はもう一つブログサイトを作っていて、そちらにも本サイトと同じ小説を公開していました。
ブログでは、Facebookでいうところの「いいね」ボタンに該当する「拍手」ボタンというものがありました。

そのブログは、どちらかというと、ホームページのアクセス数をアップさせる為に、リンクを増やすことを意識して作成したサイトなので、一生懸命そこを宣伝するようなことはしませんでしたし、本サイトをご覧いただいている方であれば、見る必要のないサイトでしたので、ダイレクトにそのサイトで小説を読んで貰える可能性など、極めて低いサイトでした。

ところが、ブログで短編小説をアップする度に、翌日、必ず「1拍手」が記録されているのです。
しかし「拍手」ボタンを押していただいている方が、一体どこの誰かは全く分かりません。

サイト自体への訪問者数やページビューは、ブログの管理画面で大よそ知ることはできますが、実際に訪問された方が、間違いなく小説を読んで頂いているのかどうかは分かりません。また、感想などのコメントがないと、その小説がその方にとって「良かった」のか「まずかった」かも分かりません。


しかし、僕のブログを必ずチェックしてくれていて、能動的に「拍手」ボタンを押してくれている方がこの世には最低一人はいる、という事実を知りました。

■特定の読者を想定して書く「ペルソナ短編小説」

拍手ボタン一つ押されたからといって、小説を読んでもらえたのかどうかの証拠を示す物でもありません。
ただの「励まし」かもしれませんし、間違えてクリックしただけかもしれません。

けれど、小説をアップした翌日には必ず押されている「拍手」ボタンを、僕は正直嬉しく思いましたし、自分の小説を待ってくれている方が確実にいる、という確証のようなものを得ることが出来ました(「勝手に思い込むことが出来た」という方が正確かもしれません)。

その時、ふと思いました。どこの誰が、この拍手ボタンを押してるのかは分からないけれど、その「たった一人」の人の為に書く小説があってもいいのではないか、と。

もう少し具体的に言うと、その「たった一人」がどういう人なのか、こちらが詳細に想像して、その人の嗜好を満足させることのできる小説というものを意識的に書いても良いのではないか、と考えました。

主婦の憩い

以前にも書きましたが、マーケティング用語で「ペルソナ」という考え方があります。何かの商品開発をする時に、それを購入し使用するのは一体どんな属性や生活環境、生活様式を持った人なのかをかなり詳細に設定する、そのイメージ像のことを「ペルソナ」と呼び、そのペルソナを購買者と想定してマーケティング活動を行っていくことです。

■逆ファンレター小説

僕の小説が、実際どういう方に多く読んでもらえているのかというのは正確には分かりませんが、少なくとも、十~二十代の若い方というよりは、四十代以降、僕と同世代かそれ以上の方が多いのではないかと推測しています。男女の割合もほぼ半々ではないかと。これは、今まで感想コメントを入れて頂いた方や、アマゾンのカスタマーレビューなどを読んでいると、そんな感じなのかなという程度の想像です。

もっとも、夫婦関係の在り方や機微なんてものをテーマにした短編が多い僕の小説を、まだ未婚の若い方が好き好んで読む、ということはあまり想像できません。
(とは言いながら、僕自身は学生の頃、夫婦の諍いや情事を描いた小説を「覗き見的」に読むのが大好きでしたけれど)

「自分が書きたい物を、自分の思うがままに書いていく」というスタイルは理想ですし、そうありたいとは思いますが、時には、「たった一人」の読者を綿密に想定した上で、その方が満足するような小説とは一体何だろうということを考えながら書く、というのも、書き手として、また違った愉しみをもたらすのではないかと思っています。

それは、まるで一方的な愛情表現、ラブレターにも似た感覚なのかもしれません。相手が男性であれ、女性であれ。逆ファンレターのような。

ファンレター

実際、そのブログを閉鎖してからも、僕はその方が本サイトに訪れているものだと勝手に思い込んで、その方のことを想像し、何本かの小説は、そうしたモチベーションで書いたことがあります。このサイトには、「拍手」ボタンはありません。けれど、僕は密かに、たった一人の方にラブレターを書くような気持ちで、これからも時々、小説を書いてみたいと思っています。

その方からの、たった一つだけの「拍手」を貰う為に。



 

僕の執筆環境の整え方

小説を書いている人の「執筆環境」というのは、本当に人それぞれだと思います。
書斎のソファに腰深く座り、いらいらと頭を掻き毟りながら、机上のキーボードをただ黙々と叩き続ける、というのが一般的なイメージだと思いますが(ちょっと古臭い?(笑))、家ではなくファミレスや図書館じゃないと書けない、という人もいたり、集中力やモチベーションを維持する為に、ある「個人的儀式」(「五郎丸ポーズ」みたいな)を終えないと、執筆に入り込んで行けないというのもあるかと思います。

本当に個人的なことですが、今僕がどんな執筆環境の中で書いているかについて、ちょっとだけ。

執筆環境要素1 「完全無音・完全個室」

周囲に「」があると全く集中できない為、自室に籠ります。BGMも一切駄目です。マンションの上階の住人の足音も、バイクの音はもちろん、PCのCPUファンの音さえ気になります。

従って、家人もうさぎも眠っている、そうした雑音が一番少ない早朝が、僕の執筆時間です。
(→【関連記事】「早朝4時に小説を書くということ」)

ファミレスとか喫茶店で執筆するというのは、僕の場合、ありえません。周りが気になって気になって。視野に「動き」が入ってくるのも、目で追ってしまうので駄目です。ああいう衆人のいるような場所で、机広げて勉強できる人が信じられません。

でも世の中には、ああいう場所の方が集中できる、なんていう人がいるので、面白いですね。
娘の話で恐縮ですが、僕の高校生の娘は、音楽を流していないと集中できない、と言います。イヤホンをしながら教科書開けているので、てっきり英語のヒアリングでもやっているのかと思ったら、「真田丸」の戦闘シーンのサントラ!を聴いているのだと。モチベーションが上がるらしいです。成績は思ったようには上がってないようですが。

執筆環境要素2 「アロマ」

まず、朝起きたらトイレに行き、冷水をコップ一杯飲んだら、無印良品で買ったアロマディフューザーに水を注ぐことからスタートします。オイルは単一ではなく、ブレンドして使うことが多いです。

アロマオイル

「眠気覚まし」と「集中力を高める」両方の効果を兼ね備えているレモングレープフルーツを多用しています。柑橘系は好物です。ミントユーカリ、ローズマリーなどのハーブ系もグッドです。もちろん、アロマディフューザーの香りだけではなく、ヒノキのような木材や、コーヒーの匂いなども、執筆を促進させる重要な芳香です。

「香り」や「匂い」に関しては、自身かなり敏感ですし、完全無音状態と合わせて、僕の執筆環境には重要なファクターです。
変な話ですが、街の雑踏や駅などで、昔の彼女と同じ香水がすると、つい振り返ってしまいます。顔や体の印象は色褪せても、匂いの記憶だけはいつまでも色褪せません。すいません、余談でした。

執筆環境要素3 「いにしえの名言」

心が変われば、態度が変わる。
態度が変われば、行動が変わる。
行動が変われば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、運命が変わる。
運命が変われば、人生が変わる。

様々な分野の著名人が度々引用しているので、ご存知の方も多いと思います。僕がこの言葉を最初に聞いたのは、大学時代のゼミの教授からでした。元はヒンズー教の教えのようですが、言葉の流れ方、文章の展開の仕方、とても好きな言葉の一つです。

色々なバリエーションがあるようですが、この配列と言葉の選択が一番しっくりきます。僕のパソコンの前の壁には、いつもこの言葉が見えるように貼ってあります。

その言葉の意味通り、結論から言えば、人生を変える為には、まず「心」を変える必要がある、ということです。最初の「心」を変えるトリガー、ここが肝になります。どうしたら「心」は変えられるのか。

何か「大きな衝撃」を外部刺激として受けるのがいいのかもしれませんが、これはそう滅多にあるものではないし、こちらが予測できるものでもありません。現実的には、「小さな感動」「小さなショック」を受け続けることだと思っています。

その為にも、今自分が身を置く場所、興味のある範疇だけではなく、全く違った分野、違った世界を意識的に覗きに行く、体験しに行く積極性や好奇心を持つことなのかなと。自らの力だけで心を変革するというのは、言うは易しですが、非常に難しいことだと思っています。

今回のテーマとはずれますのでこれ以上は触れませんが、ちょっとだらけてしまっていたり、楽な方へ流されてしまいそうになった時などに、この言葉を復唱し、初心の志に戻るようにしています。
皆さんは、どんな座右の銘をお持ちですか?

執筆環境要素4 「絵画のポストカード」

これは目の前ではなく、サイドの壁際に整然とクリップで留めています。今は、マネ、ティツィアーノ、ヴァロットン、ダービーなど、時代も筆遣いも、あまり脈略はありません。美術館に行って気に入ったポスカを買ってきては、べたべたと。

ヴァロットンのポスカ

煮詰まった時、息抜きしたい時に目を向けると、瞬間的に癒されます。
絵画を見るというのは、テキストによる脳内の妄想状態において、視覚からの情報の刺激を突然入れることが、脳の発想転換にいいのかもしれません。ストーリー性のあるヴァロットンの絵画からは、いくつかの短編のヒントを得たこともあります。最近はとんと美術館に行けてないので、ポスカがほぼ固定化されています。

→【関連記事】「自小説と絵画

執筆環境要素5 「短編小説」

いつでも手を伸ばせる位置に、国内外の短編集を並べています。今あるのはバーセルミ、バクスター、マラマッド。国内では庄野潤三。短編小説のオーソリティばかりですが、インスピレーションを得るためや、小説を書く合間合間に、ごく稀に読み返す時があります。どちらかというと、積ん読であり、装飾品です(当然、一度は読んでいますが)。それほど読まないのに本を側に置くというのは、何と言うか、「お守り」みたいな感じなんでしょうね。

→【関連記事】「久しぶりのバクスター」 

執筆環境要素6 「うさぎ」

ひょっとすると、実はこれが小説を書く僕自身の固有環境の中で、極めて重要な要素なのかもしれないぞ、と密かに思っています。僕はうさぎを飼っています。僕が望んだものではなく、最初は娘が飼いたい、と言い出して飼い始めたミニウサギが一羽います。

朝起きると、うさぎは大人しくケージの中で丸まっていますが、しっかり目を開けて僕の入室から執筆中の姿、また支度を始める迄の一部始終をそれとなく観察しています(僕が、ではなく、うさぎが僕を、です)。

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時々、牧草をむしゃむしゃ食べたり、じゃあじゃあ音を立てておしっこしたり、鼾をかいて寝始めたりもします。朝の4時に、です。うさぎは夜行性なのでこれが普通です。とにかく大人しく、気ままな小動物です。行儀良く座り、毛づくろいしながらも僕の視線に気付くと、すっと動作を止め、僕と視線を合わせる。だからいって、何を求めるのでもなく、小時間、じっと見つめ合っています。

確実に生命が存在しているのだという実感。その生命は、空想ではなく、想像でもなく、現実の側のルールに従い、確実に年を取り、やがて滅んでいく。そうした現実世界の「確証」のようなものを感じられるからこそ、僕は心置きなく異世界探訪が出来る。いつでも戻れる現実が、うさぎによって正しく担保されているからこそ。

絵や本という無機物では、その用はなせない。かといって、「人」ではあまりに現実に近過ぎる。音を発しない「小動物」辺りが、僕の場合は丁度いい気がします。

【関連短編小説】「かわいいうさぎ」

以上、思いつくままに書いてみましたが、他の小説家の皆さんには、また違ったそれぞれの環境作りがあると思います。
きっと、僕には想像もできないような環境の中で書いている方がいるかもしれません。
そんな話を聞いてみるのも、パンドラの匣を開ける様で楽しいかも。