不埒な下着

 洗濯ハンガーにぶら下がり、俺は風に揺れている。陽を浴びるのは一月ぶりで実に心地良い。絹の肌触りと青の光沢、そしてブリーフ特有の密着感を主は気に入ってくれたようだが、勝負下着の扱い故、日常使いのトランクス程出番はない。
 昨夜は近所のセレブと初デートだったようだが、出番はなかった。主も罪な御方だ。俺はこの家に来てまだ一度も彼の妻の下着と相まみえたことはない。

 向かいの戸建てのベランダに、深紅のキャミソールがなびいている。胸元のレースの複雑な縫製が、主の品の良さを匂わせる。タオルで囲んだ一角は目隠しをしているつもりだろうが、こちらの視点からだと丸見えだ。赤と黒の二色で切り返されたブラ。両サイドが紐状のショーツ。

 完璧に一目惚れだった。忘れていた本能をむんずと掴まれ揺すぶられた。憂鬱そうに気だるく揺らぐ姿態が、却って艶めかしかった。
 話がしたい、と俺は思った。下着であることの宿命、運命について。そして彼女と触れ合い、慰め合いたいと。
 ありったけの力で自らを揺すりながら、俺は存在をアピールした。彼女に気付いて欲しい、その一心だった。
 しかし所詮、俺は一介の下着。端から恋など叶う筈もない。ぼろぼろになり飽きて捨てられるまで、ただひたすら主に寄り添うだけの人生なのだ。

 これでは奥様が可哀相。いくら疲れていると言っても、お酒を飲んだら直ぐに寝てしまうなんて。奥様にはもうこれっぽっちの魅力も感じないのかしら。まだ、充分若いのに。きっと、私では力不足なのね。奥様には申し訳ない気持ちで一杯。
 私は他の誰の手に掛かることもなく、奥様の溜め息を毎日のように聞きながら、いつも目隠しをされた空間の中で、湿り気を抜かれる。彼女の力になれない自分を、私はいつも不甲斐なく思う。

 もっといやらしくセクシーに魅せるって、どうすればいい? 
 こうしてくねらせてみたり? 
 もっと透けていた方がいい? 
 この色はきつ過ぎる? 

 近頃の私、すっかり自信喪失。

 鋭い視線を感じ、私は目を上げる。隣のマンションから、じっとこちらを見つめている誰かがいる。包容力のありそうな青い生地が、大手を広げて輝いている。
 私は反射的に身を隠す。でも駄目。私の手足は固定されている。上から覗かれたら、太刀打ち出来ない。まるで裸を見られているよう。とても不思議な感覚。身体が熱い。太陽のせいじゃない。あの逞しくて男らしい、そして少しいやらしい彼のせい。
 あの方なら奥様を、いや私を愛してくれるでしょうか。女性として見てくれるでしょうか。あの柔らかそうな生地で私を優しく包んでくれるでしょうか。
 奥様には申し訳ないけれど、私だって孤独。私だって寂しい。後ろからぎゅって抱き締められたい。ごめんなさい、私、どうかしてる。
 所詮、私は下着。諦めるしかない。こんなに近くにいるのに。悲しいけれど、私を覗き見てくれてありがとう。感じてくれてありがとう。青い下着のあなた。

 隣町。ホテルの一室。
 揉み上げに白いものが混じり始めた、逞しい長身の男。栗色の髪を緩くカールし、胸元にダイヤが光る細身の女。二人はベッドサイドに立ったまま、既に服を脱いで抱き合っている。
 町会の会合の後、男は女を誘った。三度目の挑戦だった。女は遂に首を縦に振った。お互い少し酔っていた。

 男は女から身体を離さずにブラを外し、真っ白なシーツの上に落とす。女も黙ったまま、男の胸から腹に唇を這わせ、躊躇なくブリーフを脱がしベッドに放る。やがて二人は堰を切ったように、抑えていた衝動を相手の身体にぶつけ、分かち合う。

 その側で、光沢のある青いブリーフは無言のまま、赤と黒二色使いのブラに覆い被さるように、今正に一つになろうとしていた。(了)

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