かわいいうさぎ

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『かわいいうさぎ』

 うさぎはかわいいばかりではなく、物覚えがよくて、鳴かないのでうるさくないし、におわないし、家族の一員として迎えるのに最適な動物の一つです。しかし、そのうさぎと一緒に暮らすための情報、特に健康を保つための正しい接し方、正しい食生活等の情報が少なく、また誤った情報が横行しています。
 うさぎにとっての本当の幸せは何だろうということを真剣に考える飼い主さんになってください。 
(さいとうラビットクリニック院長 斉藤久美子著「かわいいうさぎ」)

 こうなることは最初から分かっていた。そもそも自分のこともろくにできない小学生に、日々のペットの世話など勤まるはずがない。
 いや実際のところ、うさぎを飼おうなんて言い出したのは娘じゃなくて妻の方だ。
 いつから「ハムスター」が「うさぎ」に化けてしまったのだろう。娘の誕生日プレゼントに名を借りて、結局は自分が欲しかっただけではないか。最初にうさぎの本を買ってきたのも、いろんなペットショップを巡り歩いたのも、そして最終的にグレーの毛並みのネザーランドドワーフで決着をつけたのも、妻だった。娘は徹頭徹尾、「ゴールデンハムスターがいい」と言い張っていたのだ。
 しかし今更そんなことを言っても始まらない。すでに我が家には、第二子を諦めた代償とも言うべき小さな命がダイニングテーブルの脚の周りをぐるぐる駆けずり回っている。時々、思いついたように俺の足元にやってきては、一日の労苦をたっぷり吸い込んだ汗臭い靴下をがぶりとやる。その度に俺は反射的に「ハル!」と叫び、手にしたビールグラスを放り出しそうになる。

 ハルという名前、正式には「ハルミツ」である。「ハルミツ」とは俺の名前でもある。悪趣味な命名だ。ペットの名前が呼ばれる度に、俺もいちいち反応することになる。
 何でそんなややこしい名前にしたのか。普通ペットにはもっと可愛らしい名前を付けるものではないのか。
「雄だし、顔があなたそっくりだったから」と妻。愛くるしいペットに同じ名前を付けてもらえたのだからもっと光栄に思え、と言わんばかりである。結婚生活十数年、年々妻の考えていることが分からなくなってきた。妻が耄碌し始めているのか、俺の感覚が鈍麻しているのか。
 ちなみに、放り出しそうになるグラスの中身は厳密にはビールではない。所謂「第三のビール」とか「雑酒」とか言う紛い物である。
 それも皆、この凶暴粗悪で憎たらしい子うさぎのせいだ。飼育するための床材や消臭剤や牧草やペレットなどの購入費用を捻り出すために真っ先に槍玉に上がったのは、俺の酒代だった。
妻の衝動買いや娘の習い事を自粛すればいくらでも出てきそうだとは思うがそこは聖域、一つ指摘したばかりに、これまでの俺の非行悪行を30倍にして返されるのがオチである。
 妻と交際していた当時のちょっとした浮気や、二日酔いで娘の授業参観に出席できなかったことや、いただいたお中元へのお礼の電話を失念したことや、間違えて「8枚切り」ではなく「6枚切り」の食パンを買ってきてしまったことなど、俺にとっては大して取るに足らぬ過去の話が、妻にはいつまでも新鮮な「忌々しい記憶」として残されている。
ということで俺の酒代よりも、うさぎの世話代の方が高い。暇さえあれば「金がない金がない」とぼやいているくせに、新たにペットを飼育していく金はあるわけだ。女の理屈とは妙なものである。
 黒い衣類に反応しているようなので、俺は靴下を脱ぎハルの顔に被せると、ぶるんと払いのけて、床に転がっている木材の切れ端をかりかり齧り始める。脱いだ靴下には全く興味ないようだ。ただ単に、こいつは俺の脚を齧りたいだけなのかもしれない。
 妻と娘は今頃浦安のシェラトンホテルでフランス料理を食べているはずである。今日がランドで明日がシー、いや明日がランドで今日がシーとかいう行程については、俺の知ったことではない。
 商店街のくじ引きで、俺が引き当てた特賞。
「シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルで過ごす~二泊三日ディズニーリゾート満喫の旅~ペアでご招待」。
 ただし、引き当てた当人は、今こうして自分と同じ名のうさぎと戯れながら寂しい食事をしているというわけだ。
 うさぎが留守番できるのはせいぜい一泊。二泊では水や餌切れが心配だし、ケージから出られないストレスも溜まる。
 それなら、と思い「『ピーターラビット』のアトラクションなら同じうさぎ同士だし絵になるのでは」と一緒に連れて行くことを妻に提案してみたところ、そんなアトラクションは存在しないし動物の連れ込みも不可である、そもそも「ピーターラビット」はディズニーキャラクターではない、と一蹴された。
 反対に「そんな無知さが堪らなく気に入らない」から始まり「貧乏ゆすりが酷過ぎる」「トイレの後が臭い」「携帯代が高いのはまた浮気をしているせいではないか」「『今日は晴れる』と言うから傘を持たずに出かけたのに土砂降りの雨に降られた」などと半ば言いがかり的な集中砲火を浴びることになってしまった。俺は浮気なんてする金も持たされていないし、気象予報士でもない。
 ともかく、チケットは二枚しかないし、ハルの面倒を誰かが見なくてはいけない、ということで、明後日まで、俺が留守番をするはめになったというわけだ。

 一日一度、ケージから出してストレスを発散させてやる、という時間がある。ハルがストレス解消する代わりにこちらがその分ストレスを背負う。
 これは飼ってみて初めて気付いたことだが、とにかくうさぎという奴は、毛のあるマットを鋭い歯で引っ張り上げたり、穴を掘る真似事をしてみたり木材を使用してある柱とあらばすかさずがりがり齧る。
 動物園の「ふれあい広場」かなんかで、人参の切れ端をぽりぽりやっている物静かなうさぎの姿はそこにはない。特に毛足の長い絨毯に歯を突き立てている姿などは、とてもうさぎとは思えないほど荒々しい。「ぶつん、ぶつん」と実に嫌な音がする。むきになって白眼を剥いて、執拗に同じ箇所ばかりを狙う。従って、そこだけ円形脱毛症のように繊維のない空白地帯が生まれることになる。
 もちろん、こちらだって黙って見ているわけにはいかない。「ぶつん、ぶつん」が聞こえてきたら、傍まで行って、拳で床を「どん、どん」と叩く。こちらが「怒っている」という意思を伝えるためだ。直接手を出すのはうさぎにとって「恐怖」を与えるだけなのでいけないのだそうだ。それでも止めなければ、エアスプレーを顔の前に持って行って、しゅっと吹きかける。
 命の次に大切な妻のバイブル『かわいいうさぎ』に書かれている通りにやってみるわけだが、最近は効果が薄くなってきており、警戒態勢に入ることすらしなくなった。
 従って、その本能的行為を止めさせるには、嫌がるうさぎを無理やり抱きかかえて、マットのないフローリング地帯に強制移送する以外手段がない。
 さらにこのうさぎ、ところ構わずフンをする。小生ハルミツは「臭い」と言われながらも、まさかトイレ以外の場所で用を足すことはないが、こちらのハルはなかなかトイレを覚えてくれない。
 うさぎは草食系なので、硬くて丸いフン自体は臭くなく処理は楽なのだが、それでもこう家中至るところにされてしまうとそれをいちいちケージのトイレに戻すという作業が必要となり、強制移送に負けず劣らず、体の重い仕事となる。
 ようやくハルの勝手気ままな自由時間を終えて、追加の牧草をやり終えほっとした矢先に、カーテンの下や食器棚の脇から、ころん、と転がる一粒のフンを見つけた時には、全身の力が抜け、がくんと地に落ちることになる。
 さらに最近の悩み事は、夜中に牧草が切れると、ケージをがりがりと齧って補填の催促をするようになったことだ。
真夜中の静寂の中、ケージ全体を揺るがす地響きにも似たこの音は、家族の目を覚まさせるのに十分な音と振動なのである。
 前歯を欠損してしまう恐れがあるため、ケージを齧る癖は即刻止めさせなければならない。前歯が無いと餌を食べられなくなるからだ。
 従って、真夜中だろうが早朝だろうが、ケージが置いてあるリビングからこの音が聞こえてくると、俺か妻が牧草を追加するために渋々眠い目を擦りながら餌入れに継ぎ足しにいく。特にこの一週間は酷い。寝る直前に一杯に盛って眠るのだが、一時間も持たない間にがががとやり始める。多い時は一晩に三回くらい起こされる。時にまだ牧草がたっぷり残されているのに齧っている時もある。どうやら齧る理由は食べ物だけではないようだ。
 これには俺も妻も参っている。齧られないように、ケージの側面に何かを張り付けてしまえばいいわけだが、ケージを齧るのは、ものを言えないうさぎにとって、飼い主に何かを主張できる唯一の方法でもある。それを強制的に止めさせてしまうのは逆にストレスをかけることにもなってしまう。
 かといって、その音にいちいち反応していたら早晩こちらが参るということで、ではどうすればいいのだ、ということがちょっとした我が家の悩みの種になっている。
 どちらが起きてハルを宥めるのかを巡り、また妻とは冷戦が勃発する気配濃厚である。しかし今日は俺以外に相手をする人間はいない。今から床に入るのがとても鬱である。
 眼精疲労なのか風邪のひき始めなのか、目の裏辺りに重苦しい鈍痛が漂っている。この感じ、明らかにビールのせいではない。
 「心の病」で会社を離れている同僚の仕事を丸ごと引き継がなくてはならなくなり、この三月は白髪の増える殺人的労働を強いられている。ただでさえ睡眠時間が削られている上に、このうさぎの世話である。飼い主が体調をおかしくしてまで小動物の健康を維持するなど本末転倒である。

 当初は娘が面倒見る、ということで飼い始めた。それは当然のことながら三日を待たずして破綻した。
 次に、妻が見る、ということになった。自分が欲しかったのだから当然だ。しかし、俺の名前まで付けられ、「私がこれだけ頑張って世話をしているのに、あなたはその傍らで悠々と眠っていられるわけ?」という無言の非難を、一枚向こうの襖からひしひしとやられたら、さすがに無視し続けるわけにいかない。
 もっと手が抜けるはずなのだ。餌やりにしても、ケージの掃除にしても。しかし律儀で神経質な妻の性格上、中途半端に手を抜く、ということができないらしい。手抜きをしたばっかりに、調子を崩したり病気になったりしたら間違いなく後悔する。
 妻は潔癖症である。非潔癖で何ら不都合を感じない人間から見ると、潔癖な人間に付き合わされるのは精神的責苦以外なにものでもない。
 正直、うさぎの面倒がこんなに手間のかかるものだとは思わなかった。断固反対すべきだった。ハムスターで充分だった。日頃の妻へのご褒美、などと甘い顔をしたのが間違いだった。
 このままでは体がもたない。しかも今日明日は誰も頼れる人間がいない。放っておいて衰弱させたりしたら、ディズニーワールドを満喫して意気揚々帰宅した我が家の影の主たちに何を言われるか分かったものじゃない。

 俺は晩酌のつまみのセロリを歯で小さく噛み切って、ころんと足元に転がす。トイレットペーパーの芯を持ちあげて遊んでいたハルだが、すかさず一目散にすっ飛んできて、満足そうに頬張る。
 好きな物を食べている時は実に大人しく従順であり、穏やかな表情になる。食べ終わると床をくんくんと嗅いで、「もうないのか」とちらちら俺を見やり催促する。
 俺はもう一度一齧りして、今度はじっくりしゃぶり尽くし、生温かくしてからぶっと吐き捨てるように転がす。こんなおやつのあげ方、妻に見られたら何と言われるか分かったものではないが、この家の主はうさぎではなく俺であり、俺がいなければ、こんな高級食材、到底うさぎ如きの口に入るはずもない。
 ほら、もっと感謝の気持ちを持って、ありがたく食べろ!
 感謝の気持ちを持ったら、表現して伝えてこい!
 しかし、ハルはしばらく俺のセロリの匂いを嗅いだ後、前足で踏みつけ、そっぽを向いて再び木材を相手に一人遊びを始めた。一度食べないと決めたものは二度と口を付けない。手で置いたセロリと口から吐き出したセロリ、一体何がそんなに違うのか。「うさぎを飼うということ」に対する飼い主としての姿勢が問われているというのなら、俺はうさぎという動物の能力を少々見くびり過ぎているかもしれない。
 そろそろ、規定の一時間が経過しようとしていた。大体、「一時間」というのがケージの外で遊ばせる(こちらが遊ばれてる?)我が家での目安だ。ペレットを皿に盛りケージに並べると、待っていたかのようにすっ飛んで戻ってきて、これまた美味そうにポリポリ貪り始める。「何をもったいぶっているのか。あるなら先に出せ」と言わんばかりの目をして。
 外にも聞こえるくらいの大きな溜息を一つ残して、俺は空いたグラスを台所に下げる。
 この家の主導権を握っているのは、今やうさぎのハルである。うまく育てていれば、十年くらいは生きるそうである。
 十年。少なくともこんな生活があと十年続くことを考えるとぞっとするので、あまり考えないようにしている。
 顔を洗ったり、歯磨きをしたり、髭を剃ったりすることと同じように、毎日無意識に繰り返す習慣の一つにしていかないと本当に神経が参ってしまう。
 四十が近付くにつれて、昔は何とも思っていなかった布団の上げ下げや家庭ごみの分別が、今ではいちいちしんどく重労働に感じられる。仕事も家庭も自身の役割分担が日に日に増え、言われたことをこなしていくだけで精一杯だ。
 それに加えて、「わがままうさぎ」の世話ときた。加えた以上、何かを捨てていかないといつかはオーバーフローを来たす。オーバーフローを来たした時に俺は一体どうなるのか分からないが、少なくとも、能力のキャパシティーを超えた人間は、狂うか、廃人となるか、この世から消えさる以外道はない。
 最後の残りかすまで綺麗に舐め尽くされたペレットの皿をケージから出して、牧草を山盛り追加し、目隠し役のタオルケットでケージ全体を包んでからヒーターの電源を入れる。ハルは見えない爪楊枝を歯に突き立てながら、満足そうに床一杯に体を伸ばして寛いでいる。耳を折り曲げ、鼻をひくひくさせる動作も、ペットのおもちゃの電池が切れるように、次第にゆっくり停止する。
 今日の仕事はひとまずこれにて終了。
 あくまでも「ひとまず」である。いつ何時、ハルがむくっと起き出してまたケージの柵をがりがりやるか分からない。とはいえ、自身の睡魔もそろそろ極みに達しつつある。
 食器の片付けは後回しにして、俺は自分の布団を和室の真ん中に敷き、ハルのいるダイニングの電気を消し、ダイニングと和室を仕切る襖をそっと締め、目覚まし時計の時間を確認してから、ごそごそ布団にもぐり込む。今日は真剣に疲れ果てた。独身貴族の夜を満喫する気力など残されていない。とにかく、家族を忘れ、できればうさぎも忘れ、ぐっすり熟睡したい。
 俺は朦朧とする意識の中で、ハルに心底懇願した。
「明日の昼くらいまで、ゆっくり眠っていてください、いとしいハル様」

 祈りも空しく、結局その日は早朝を含めて三度起こされた。まるで俺の睡眠リズムを知っているかのように、レムからノンレムへ移行するタイミングを狙い撃ちされているようだった。お蔭で頭も体も雨水を吸った土嚢のように重く、眼球がじんじん痛んだ。本格的に風邪をひいたかもしれない。
 うさぎのハルはそんな飼い主の事情などお構いなしに、食べ物がなくなればケージに歯を立ててアピールするし、フンをしたければどこでもするし、狭いケージの中をむやみ矢鱈に跳ね回ったり、後ろ足で地団太を踏んだり、齧り木を齧ったり、「遊び道具」として入れてあるトイレットペーパーの芯を転がして遊んだりと本能の赴くままに行動している。
 朝、ケージの清掃を一人でこなすのは、鬱な一日の幕開けを飾るには充分過ぎる程の重労働である。食器を消毒するためにやかんの湯を沸かし、小便にまみれたトイレのウッドリターを捨て、給水ボトルの水を差し替え、床に散乱したフンと牧草の食べかすをミニ箒で掃き、床下の新聞紙を交換しなくてはならない。
 潔癖症な妻が、一定の「作業リズム」を確立してからというもの、その流れ通りに行わないと一悶着起きることになる。順番を入れ替えたりすると、何故その順番にしたのかをいちいち説明しなくてはならない。それが気分であっても、たまたま無意識のうちにそうなったものであってもだ。潔癖症という名の通り、本当にこの人は「病気なのではないか」と思う時が最近多い。
 そもそも、潔癖症なくせに小動物を飼おう、なんていう方が矛盾している。うさぎの毛も猫同様、季節になるとかなりの量が抜け落ちる。飛び跳ねている間に糸屑のように宙に舞う。しかし自分の服についた毛をガムテープでべたべたと取りながら、その一点について彼女の「潔癖」は鈍感になる。全く不可思議なことである。こうした妻の「矛盾」については、死ぬまでに一冊の本にまとめるつもりである。
 最後に牧草とペレットを山のように盛り、目を剥きだしにしてがっつくハルの醜い顔を見届けながら、作業は終了。重たい頭を貧弱な首でどうにか支えながら、しばし呆然とケージの前にへたり込む。ともかく、仕事に行く前に、一日の活動エネルギーの大半をこの作業に使い果たすことになる。
 今日の仕事はほとんど外回り。多くの人間とも会う。会う人間の数と交わす言葉のボリュームを乗じた量だけ、帰宅した時の疲労度は増す。
 しかし今夜は疲れたからと言ってばたんきゅう、という訳にはいかない。それを考えると、会社を休みたくなる。けれども休んだところで、明後日さらに酷い事態が待ち受けているかと思うと、行かないわけにはいかない。家にいようがいまいがハルの世話はしなくてはいけないのだから。
 ハルは、人生の中で一番充実するはずの四十代のライフスタイルに、多大な影響を及ぼしつつある。

 かちゃり、と鍵をひねる。家の中に入ると、温かい空気が冷えた体を瞬く間に包み込む。エアコンの「入タイマー」がしっかり作動している。廊下の照明を点け、鞄を放り投げるように置き、それ以上音を立てずにじっと耳を澄ます。
 ががががが。
 聞こえる。真っ暗なリビングから、例の音が。
 今俺が帰って来たからやり始めたのか、その前からずっとやっていたのか。
 靴を脱ぎ、コートをかけ、ネクタイを緩める。よく家まで辿り着いたと思うくらい、身も心も困憊している。これほどまでに帰宅するのを苦痛に思ったことは、長い人生の中で初めてかもしれない。
 誰もいない我が家で、ハルの世話。
 世話はもちろん、日頃あれほど口煩くて面倒な妻でも、二日間顔も見ず声も聞かないと不思議と寂しさを感じる。いつもいる人がいない、いつもあるものがない、ということの物足りなさ。
 妻か娘のどちらか一方は、必ず傍に居た。考えてみると、こうして二晩も二人と離れ離れになる、というのは娘が産まれたばかりで実家に帰省していた時以来のことだ。
 日頃は我儘で気ままで自己中な妻。この不景気の中でも死に物狂いで成果を上げて稼いできた金を、自分の趣味や洋服に湯水の如く使い、俺には毎日缶コーヒー二本は飲めない程度の「小遣い」しか恵んでくれない妻。自分の金のはずなのに、地にひれ伏し窮状を訴え「神の恵み」を崇め奉らなければ「飲み代」を拝借できないというこの理不尽。
 「汚い」「臭い」「キモい」とまるで親を親とも思わず言うことも聞かず、いつも妻と二人つるんでばかりいる他人依存度の強い娘。俺に似ず、不勉強だし不美人だし、いつもテレビゲームばかりしてこちらの見たい野球もニュースもろくに見せてもらえた試しがない。二人もろとも「消えてくれ」と願ったことはこれまでに一体何度あったことか。
 しかし、そんな恨めしき妻子であっても、今こうして一人になってみると、帰宅した時に明かりが灯り、食事や風呂の支度が出来ている、ということのありがたみが、少し分かる気がした。
 口ではこてんぱんにやり込められるが、それなりの処遇をされているだけ、まだましだと思わなければいけないのかもしれない。
 何といっても、ペットに俺と同じ名前を付けるくらいなのだから、本音のところでは二人とも俺が大好きで仕方ないのだ。素直じゃないから、好きだと言う気持ちを、感謝の気持ちをうまく伝えることができないだけなのだ。たまに二人で楽しんでくるくらいいいじゃないか。

 家に居ながら「ホームシック」にかかったような寂しさがこみ上げる。あれほど嫌悪していた妻と娘のはずなのに。「ただいま」と元気よく玄関から飛び込んでくるのなら、今なら三つ指ついてお出迎えをしよう。
 俺がこんな気持になっているということは、きっと向こうも思っていて、どうして俺を連れていかなかったのだろう、と後悔しているに違いない。こんなに楽しくいい思いをするなら、俺とも共有すべきだった、と。だって、我々はこの世には二つとない、かけがえのない家族なのだから。
 ポケットの中の携帯がぶるっと震える。メール受信を知らせる振動だ。この時間のメールなんて、妻以外考えられない。やっぱり、同じことを考えていたのだ。以心伝心。
 携帯を握り、メイン画面を開く。案の定、妻からだ。少し手が震えている。無意識に生唾を飲み込んだ音が自身に響く。もう寂しくなって帰ってきました、なんてメールかもしれないな。

Date: 3/26 20:33
From: まゆみ
Subject: Re: Re: Re: Re: Re: Re:
「ハルちゃんは元気? エサはちゃんとあげてる? 寂しいと死んじゃうらしいのでしっかりかまってあげてよ? あ、それから、床板もちゃんとウェットティッシュで拭いてね。掃除、手を抜いたら直ぐに分かるんだからね」

 携帯を鞄の上に放り投げ、スーツを着たままその場で仰向けに寝転がる。廊下の電球が一つ切れているので早く交換してほしい、とずっと言われていたことを思い出す。
 何も変わってなんかいない。いや、むしろ状況は悪くなっている気さえする。一瞬たりとも期待した自分がとても馬鹿馬鹿しい。希望や夢なんて、そう簡単に持ってはいけないのだ。後でがっかりするだけなのだから。
 更に拍車のかかるハルの「ががががが」の音を古い神経痛のように感じながら、俺は猛然と襲いかかる睡魔と必死に格闘していた。
 真夜中に餌を盛っても、ハルの「ケージ噛み」は止むことなく、むしろ一段と激しさを増していた。晩酌のアルコールによる睡魔にも打ち勝ち、どうにか一時間は何とかハルを遊ばせ、青梗菜のおやつもあげ、パジャマの裾も好きなだけ噛ませてやったというのに。
 午前2時43分。
 勘弁してくれ。つい十分前に牧草をあげたばかりだ。餌じゃないとしたら一体何だ。こんな時間にケージの外に出したり遊んであげたりなどは愚の骨頂、それこそうさぎのために体を壊してしまう。ただでさえ暖房は切れていて、部屋の中は寒々しい。とはいえハルのケージにはヒーターがついている。ハル自身だって、あんな高級毛皮を着ているじゃないか。少なくとも寒さで震えていることはありえない。
 ハルは俺が起きてくるまでがりがりを止めるつもりはないようだ。布団を被って、また眠ってしまってもよかった。しかし、俺の頭には、朝起きると歯が折れ、口の中や周りが切れて血まみれになっているハルの顔ばかりが浮かんできてしまいまたそれはそれで眠りを阻害する要因になった。妻のいない間に怪我をさせてしまうことだけは、注意しなければいけない。
 布団を抜け出し、仕方なくケージを覗く。牧草はまだ十分あった。水もペレットも。一体何が気に入らない?
 ががががが、ががががが。
 ハルはじっと見つめる俺の恨めしい視線などお構いなしに、ひたすらケージの鋼に歯を突き立てる。半分白眼を剥き、恐ろしい力と形相で地響きのようにケージを揺らす。
 前に犬の気持ちを翻訳するおもちゃが売り出されたが、基本的に声を発しないうさぎの気持ちを翻訳するおもちゃが開発されたら、これはうさぎを飼っている全ての人が欲しいと望む大ヒット商品になることは間違いない。
 恐らくは、ケージの外に出せば、この不平不満はほぼ解消するのだろう。しかしこんな深夜に、動物の遊びに付き合っている余裕などない。あと数時間もしないうちに起きなければならないのだ。
 小刻みな震えが、体に発生しているのが解った。それは始め地震かと思ったくらいだった。妙な時間に起こされたことと部屋が朝方になって急激に冷やされていることが原因だろう。頭はほとんど機能不全に陥っている。もはや、打つ手なしという状態だ。しかし、どうにかして眠らなくてはならない。今晩だけはあらゆる手段を駆使してでも乗り切らなければならないのだ。
 目を閉じる。鼻から漏れる空気からはまだアルコールの匂いがする。頭の中を、たくさんの小さな虫がわさわさ蠢いている。何の虫だろう。暗がりの中で、時折胴体あるいは羽らしきものが光に反射し白く明滅する。
 人の気配。振り返るが誰もいない。しかし、今確かに気配を感じたのだ。恐らくそれは、シェラトンの快適なベッドでぐっすりいい夢を見ている二人の女帝の視線に違いない。ハル、と言っても俺ではなく、うさぎのハルのことが心配でわざわざ様子を見に来ているのだ。
 幻覚。
 ちきしょう。こいつがきてから、ただでさえ上手く行っていないものが、更にうまく行かなくなった。
 何がペットだ。何が癒しだ。俺はペットなんて飼いたくなかった。一晩中、飼い主を悩まし続けるペットのどこが癒しなのだ。妻はどう思っているのか知らないが、少なくとも俺にはうさぎを飼うことによるデメリットしか感じられない。
 唯一の楽しみの酒代を持って行かれ、睡眠時間は削られ、ただでさえ薄っぺらい、家族から俺へのなけなしの愛すら略奪された。
 ががががが。がががががががが。
 ハルが、うさぎが、俺は憎い。
 このままだとトラウマになりかねない。体中が震えている。今度の震えは全身に力が漲っているせいだ。俺は意を決した。というより、衝動を抑えつけることはもはや不可能だった。
 ベランダの鍵を外して重い戸を開け、俺はケージをまるごと外に運び出し奥まで一蹴りしてから、再び戸を閉めロックをかけた。
 そして、からからに乾いた喉に氷水を一杯流し込み、六畳の和室に一つだけ敷いてある布団の上に再びごろんと寝そべった。
 ベランダに思いを馳せ、耳を澄ましてみる。
 無音。
 深夜3時を過ぎている。何も聞こえなくて当たり前だ。これが真っ当な人間生活のあるべき姿であり、夜とはこれほど寂として静かなものなのだ。
 冷蔵庫の通電音。家具の軋み。目覚まし時計が針を打つ音。自らの呼吸音でさえ、それらはノイズではなく、静けさを余計に際立たせる音。まるで最後には、「無音」という音まで聞こえてきそうな。
 俺は何か大きな手柄を立てた軍曹ような誇らしい気持ちで一杯だった。この充実感は最近経験したことのないタイプのものだった。
 いい気味だ。
 体の力が一気に抜け、頭が真っ白になった。それからすぐに、俺の意識はなくなった。
 目覚まし時計の頭を壊れるくらいに強く叩く。

 6時。それほど眠った気はしない。いつものように、眠りの深いレベルで無理やり起こされた気分だ。
 目覚ましとて、こちらがスムーズに起床できる時間を狙って鳴っているわけではない。予め決められた時間に、決められた音を発するだけだ。実に機械は忠実である。それに比べてあいつときたら。
 あれから、誰もお相手の居ないベランダでずっとケージを噛み続けたのだろうか。ハルは賢いから、きっと無駄な労力は使わない。我儘を聞いてくれる人間が傍に居るのか居ないのかをしっかり見極めている。
 トイレに行き、洗面台で手を洗う。鏡に映った自身の酷い顔にうんざりする。眼窩は落ち窪み、瞼が腫れ、頬がこけ、髭が斑に生えている。まるで何日も飲まず食わずの生活でもしていたかのような顔つきだ。たった二日間、妻の世話にならなかったくらいで。きっと一人暮らしなんて始めたら、間違いなく早死にするだろうなと思う。
 外は未だ薄暗い。リビングもかなり冷え込んでいる。ベランダの鍵を外し、引き戸をずらして聞き耳を立てる。
 無音。
 さすがにこの寒さでは体も強張り余計なエネルギーを使わず温存しようという本能が働いているのではないだろうか。
 ケージを屋外に出すのは初めてであり、寒さに晒すのも初めてであり、もしケージを噛み続けていたとすれば、それを数時間無視していたのも初めてのことである。こんな様子を妻に見られたら、きっと「動物虐待!」と言って気が狂う程怒りまくるだろう。
 いや、この程度で虐待だなどとハル自身は思っていないかもしれない。元来うさぎは屋外にいるべきものではないか。野生のうさぎは野を越え山を越え、夏も冬も大自然の中を駆けずり回っていたはずであり、小学校の校庭で飼っていたうさぎも飼育係が多少世話をするとはいえ、ほとんどほったらかしであった。それでも、うさぎは逞しく生きていた。
 とはいえ、いざベランダに出てみると、想像以上に寒い。酔った勢いとはいえ、もしハルが風邪でもひいたら何と言い訳しよう。というより、うさぎという動物は風邪なんてひくのだろうか。温度と湿度の変化には十分気をつけよう、という本の中の一節をふと思い出す。
 恐る恐る、ケージを覗く。牧草の食器はものの見事に空っぽだった。目につくところにハルはいない。寒さを凌ぐために木でできたアーチ型のハウスの中に隠れているのだろうか。
 ん? 
 前後に開閉するフックの付いた扉が数センチ空いている。
 明るさの増した朝の光の中で、まだしっかりとは開いていない瞳を何度も擦りながら、ハウスの中やケージの裏や室外機の周辺やハーブのプランターなどを隅々まで探してみたものの、ハルの姿はどこにもなかった。
 逃げた!

 嫌なことが頭に浮かんでは、また次の嫌なことを連想させた。一刻も早く見つけ出さないと、これは大変なことになる。
ベランダの桟の隙間から、道路に飛び出すことは容易である。一本向こうまで行けば、かなり交通量の多い国道に出る。飛び出したりしたら、ひとたまりもない。轢いた側に罪はない。たまたま轢いてみたら鳩や猫じゃなくうさぎだった、というだけの話だ。
 事態の重大さに気付き、さすがの俺も動揺した。「ハルに逃げられた」なんて言ったら、妻は何と言うだろう。どうしてそんなことになったのかを説明するのに、もしかしたら半日、いや一日かかるかもしれない。外にケージを出しっぱなしにして眠ってしまうに至るまでには、ハルを飼い始めてからの心理的変遷を事細かに説明しなくてはならない。
 いや、その根はもっと奥深くに隠れており、娘を産んでからのこと、いや更に翻って、妻と結婚したこと、出会ったこと、出 会う前のこと、俺の青春時代、幼少時代にまで遡らなくてはいけなくなるかもしれない。
 さすがに眠気も二日酔いもこの状況を前に一気に覚めた。ベランダの桟に足を掛けて、現在空屋となっている隣の家のベランダを覗いて見たが、見渡す限り動物の影はない。
 坂の向こうから、早朝ウォーキングを行っている老夫婦がこちらに向かって近づいてくる。こんな体制で隣家を覗いていたら、まるで泥棒である。
 俺は慌てて飛び降りて、家と道路の間にある植え込みを端から眺めてみる。ここも大した植え込みではない。とても隠れるような場所もなく気配もない。
 きっとその時の俺の顔は、正に「顔面蒼白」という言葉が相応しかっただろう。妻と娘が戻って来るのはお昼くらいだ。それまでに何としても見つけ出さなければならない。
 ダウンジャケットを羽織り、素足でスニーカーを履き、家に鍵を掛けてから外に飛び出す。
 まずはベランダ側から、もう一度他の家の前の植え込みを全てチェックする。次に排水溝のようなところがないかも調べてみたが、幸い、うさぎが落ちてしまうほどの大きな穴は見当たらない。
 マンションの周りをぐるりと一周、駐車場の車の下から、周辺住宅の庭や空き地や気になるところを片っぱしから調べて回ったがハルの姿はない。
 足の裏に不快な汗の感触。空き地捜査のせいで、ズボンの裾が土で汚れている。
 こういう時、「声を出さない動物」というのは困ったものだ。これほど広い住宅地を何の手掛かりもなしにどうやって探せばいいのか。
 「逃げられた時の探し方」なんて、うさぎの本には一切触れられていない。
 メールの着信を知らせる音とバイブ。時刻はそろそろ七時になろうとしていた。
「パパ、ハルちゃん元気? ちゃんと餌あげてくれてる?」

 娘からだった。妻の携帯を借りて打っているのだ。妻同様、聞いてくるのはうさぎのことばかり。
 もちろん餌はきちんとあげていたが、今現在ハルちゃんが元気かどうかは、傍にいないので分からない。しかしそんなことはメール返信できない。
 俺は焦っていた。ハルが行方不明となったこの状況を妻が知ったら、と想像するとやり切れなかった。
 俺のような男に世話を頼んだばかりに、と妻は浦安に行ったことを死ぬまで後悔することだろう。
 そもそも普段の運はめちゃくちゃ悪いのに何故よりによってあんな宿泊券を当てたのか、と遡って否定されるのだろう。
 二度と、元の夫婦関係に戻ることはない。彼女は俺と一緒になったことを生涯後悔し、これからは不信と猜疑と失望の眼差しをもって、娘の成長だけを楽しみに生きていくことになる。いずれ娘は就職や結婚で家を出ていくだろうが、それ以降の人生、妻はどんな気持ちで俺と接していくのだろう。幸福なはずのディズニーランドは生涯トラウマとなり、もう二度と行けなくなってしまうかもしれない。
 
 小走りに辻を曲がりながら、グレーの小さな塊りだけに神経を集中して、家という家、道という道を瞬きもせずに探し回る。まだ朝の気温としては寒いはずなのに、ダウンジャケットを着ているせいか、脇の下に酷い汗をかいているのが分かる。体中が熱く、吐く息もたちまち沈む。
 普段これほど走り続けることもないので、太股とふくらはぎがぱんぱんに張っている。少し無理な負荷をかければ攣ってしまうことは容易に想像できる。気配を感じるのだ。
 体力が消耗している。時間の感覚もない。気が付いたら、もう隣町近くまで来ていたが、「ハル」の手掛かりとなるようなものは結局何も掴めないまま。
 これほど広い住宅街の中を、ただやみくもに走り回って、あんな小さくて目立たない動物を探し出せ、というのは無理難題である。しかし、その無理難題を作ってしまったのは、自分自身である。
 こんなことになるなら、あのがりがり音を一晩中我慢して聞いていた方がまだましだった。
 通勤中のサラリーマンやリードで犬をひく若い女が、俺の異常なまでの発汗と挙動不審な動きを見て訝しそうにすれ違って行く。
 俺は泣きたい気持ちで一杯だった。今この真っ黒なアスファルトの上で、全ての責務を投げ出して力の続く限り泣くことが出来たら、どんなに胸がすくだろう。
 全ての責務。
 仕事。
 家庭。
 うさぎの世話。
 そして、自分の人生を生きるということ。

 真夏でもないのに、太陽が照りつけ、顔が焼け焦げる感触。
 いよいよ知覚すらおかしくなってきたようだ。体中、火が出るように熱かったので、ダウンジャケットを脱ぐ。中に着ているシャツさえ脱ぎたい気分だったが、こんな春先に上半身裸になったら通報されること間違いない。
 無意識に突っ込んだズボンのポケットに、家の鍵が無いことに気付く。うさぎに加え、家の鍵まで探す責務もできたようだ。
 大の字になって道の真ん中で仰向けになる。いっそのこと、一思いにごみの収集車にでも踏み潰してもらえる方がどれだけ気が楽か。
 遠のく意識。眠ってはいけない、と誰かが叫んでいる。まるで雪山で遭難したかのように。
 顔を傾ける。下り坂のずっと先の方に、黒くて丸い小さな塊りが見える。それは最初、風に飛ばされたビニール袋のようにも見えたが、良く見るとぴんと立ちあがった耳をレーダーのように動かしてみたり、二本足で立って伸びてみたり、両手でごしごし顔を拭う仕草をしている。こちらに近づいてくるでもなく、逃げるでもなく、やがてその場に腹ばいに寝そべって、じっと俺の方を見つめている。
 ハル!
 無理に立ちあがろうとした右足のふくらはぎに、途轍もない激痛。俺は右足を抱え込みながら、地面をのたうち回る。ふくらはぎが突然石のようにかちんかちんに固まる。きっと気色悪い呻き声も出ていたに違いない。あっちに転がり、こっちに転がり、激痛が過ぎ去るのをひたすら待つ。
 その間、もう一人のハルは黙って俺のことを見ていた。黙って見ている他なかった。声を出せないのだから。
 一体、どんな気持ちでこの無様な俺を見つめているのだろう。お前の主は飼っているうさぎを追っかけたあげくふくらはぎを攣らして衆目に恥を晒すような男なのだ。妻と子供の精神的支柱にもなってやれず、大して社会の役には立たぬ仕事をして決まった金を決まった日に入れているだけの男なのだ。最近では決まった金すら入れることができなくなって、益々その存在価値が薄くなってきている。我が家の主は、俺ではなく、うさぎのハルの方が実質的には相応しいかもしれない。
 最後に選ばれしは、金ではなく、精神的支柱。
 俺は右足を妄想の中で切断した。元々、俺には右足なんてものは存在しなかった。そう思い込むしかなかった。ここでハルに逃げられたら二度と捕まえることができない気がした。
 匍匐前進をしながら、少しずつハルとの距離を縮めていく。ハルは毅然としたまま、注意深く俺を見つめている。
 その丸々と潤んだ瞳の奥にあるのは… 憐れみ? 嘲笑? 
 少なくとも日々の世話に対して幾ばくの感謝の気持ちがあるのなら、直ちにここに飛んできて、攣った右足くらい労わってくれたらどうだ。
 お前の主は今、忙しない朝の住宅地のど真ん中で、家に帰ることもできず、小動物の行方を追って汚れた地面の上を無様に這いつくばっているのだ。
 この屈辱。
 この孤独。
 そうそう、いい子だ。そのまま大人しくじっとしているのだ。もう間もなく、ハーブ入りの美味しい牧草も栄養満点のペレットもある快適なケージに戻してあげるから。
 足の裏、痛くないかい? 
 外には家の中やケージと違って危険がたくさん潜んでいる。変なものに指を引っかけて、生爪だって剥がしかねない。生爪が剥がれたら大変だ。そこから黴菌が入ってもっと酷いことになる。足に包帯を巻いたうさぎなんて、見ちゃいられない。
 さあ、こっちへおいで。後少し。その首根っこの皮を俺に掴ませておくれ。そこは猫と同じく神経が通っていない。だから暴れる君たちを捕まえるにはそこを握ってしまうのが一番だ。
 それから、直ぐにもう片方の腕の中に顔を押しこんで目を隠す。君たちは暗闇に安心感を覚えることを、俺は知っている。
 最期の力を振り絞り、かまいたちにやられたような傷だらけの腕をハルの首めがけてぐいと引き伸ばす。
 ハルは体を硬直させて何が起こるのかと咄嗟に身構える。俺は躊躇うことなく、ハルの首の皮をきつく握りその場に腕ごと押し付ける。
 細く柔らかい毛とぐにゃぐにゃ動く皮の感触、そしてハルの温かい体温が手の中に広がる。ついに観念したのか、ハルは暴れることなく、そのまま静かに目を閉じる。
 終わった。

 この三日間の悪夢に、ようやく終止符が打たれたのだ。家の鍵はまた後で探すとして、とりあえず隣の家のベランダから伝って入ろう。ハルは見る限り、怪我をしている様子はない。
  そう、我々には何事もなかった。いつも通り、ケージを掃除し、餌をやり、小一時間、外に出てストレス発散という日常を送っていただけだ。
 かわいい、うさぎ。
 今、手の中で大人しくひれ伏している俺と同じ名のネザーランドドワーフを、心底可愛いと思った。飼い主なくせに、こんなに間近にうさぎの顔を見たこともなかったが、うさぎと同じ目線で見てみると、小さな鼻をひくひくさせたり、長く蓄えた髭をもごもごと動かしたり、何とも愛くるしい。
  一番びっくりしたのは、人間と同じように、上瞼から黒くて長い睫毛がしっかりと生えていることだ。
 俺は完璧に誤解していた。君を妬み、恨みすら抱えていた。これからはもっと仲良く暮らそう。一度引き受けた命、何があろうとも、必ず守る。飼い主には守る義務がある。
 贖罪。
 妻と娘に苦労ばかりかけていることへの、せめてもの、償い。
 愛しきハルよ。これからはたくさんの愛を捧げよう。おすそわけなんかじゃなく、俺は君のためだけの愛を用意しよう。同じ名を持つ仲間として。この厳しい世の中を共に生き抜いていく同志として。
 次の瞬間、緩んだ握力の寸分の隙をついてするりと手元から離れたハルは、俺の頬に全体重をかけて「穴掘り」の爪をがりがり突き立てた後、大きくひねり付きのジャンプをしてから、あっという間に視界から消えた。
 頬に、火傷のような灼熱感。
 ハルの首から抜け落ちた毛の束が、音もなく流れる生温かい風に掬われ、指の間から空に舞う。
 立ち上がる気力は、もう残されていなかった。目を閉じ、地面の音を聞く。近くを通り過ぎるサラリーマンの革靴。こつ、こつ、こつ、こつとそれはリズミカルに一定の間隔を保ったまま、徐々に遠く離れていく。
 そのしばらく後で、救急車のサイレン。少しずつ、音が大きくなっていて、こちらに近づいてきているようだ。いつしか、大勢の人々が俺を取り囲んでいる。しかし、俺に声をかける者なんて一人もいない。妻や娘の顔は知っていても、朝早く家を出て夜遅く帰って来る俺のことなんて誰も知らないのだ。皆、一様に黙って、力尽きている俺をじっと眺めている。この血まみれになった頬の傷がいかにして作られたかも知らずに。
 妻と思しき女性の声が聞こえ、俺の意識は覚醒した。激しく頭が痛む。瞼を持ち上げる気力もない。何か硬い板の上で横になりながら、下敷きになった腕の痺れを遠くに感じていた。

「全く世話が焼ける」
「本当。ママ、可愛そう」
 今の声は、娘だ。彼女はいつだって、妻の味方だ。
 おかえり、と言おうとしたが、どういう訳か声が出ない。声を出すためにはどの筋肉を使わなければいけないのかを忘れている。
 にんにくのいい香りが漂っている。ステーキだろうか。そういえば、昨夜から何も食べてない。うさぎのハルを取り逃がしてから、俺は一体どうなったのだろう。
「これから代わりに頑張ってもらわなければいけないからね、ハルには。ちゃんと精力つけてもらわなくちゃ」
「麻里のも一つあげる、はい」
 ハル? 
 嫌な胸騒ぎを覚えた。もう一人、そこに誰かが座っている気配を感じるのだ。何とかして体を起こしたいのだが、手足に力が入らない。どうにか首をもたげて食卓の方を見る。
 しこたま買い込んできたらしきディズニーランドのお土産の袋越しに見えるのは娘の顔だ。小学校6年生だというのに、口の聞き方や立ち振る舞いは実に妻そっくりである。妻と違うところは、胸の膨らみが小学生とは思えないくらい大きいことで、間違いなく、今の段階で妻を超えている。
 そして、隣には、すました顔をして食事をしている妻がいる。音を立てず、実に美味そうに口元を動かす。それから妻はまだ口に含んだまま、もう一度ナイフとフォークを動かして肉を一切れ摘まむと、隣にいる寡黙な紳士に、「はい、あーん」などと赤ん坊をあやすような声でフォークを口に寄せる。
 紳士の顔は、背中越しなのでよく見えないが、ぴんと垂直に起立した二本の耳、弓のように湾曲した背中、丁寧にブラッシングされた艶やかな体毛から判断するに、それは間違いなく、うさぎだった。
「でもママ、やっぱりちょっと可愛そう」
「いいのよ。今までこれだけ尽くしてきたのに、あの人からは感謝の一つも言ってもらえなかった。仕事を口実に、いつも忙しく疲れたといっては、麻里の事にも私の事にも関心をもってもらえなかった。話を聞いてもらいたくたって、いつも上の空で聞いているし、ここ数年、手の一つも握れなくなってしまった。きっと罰が当たったのよ」
 妻はちらと俺を覗くように見た。その目はとてもクールだったが、しかし見間違えでなければ、少しだけ濡れているようにも見えた。
 ここにきてようやく、俺の今いる場所がケージの中であることが理解できた。足元にある牧草入れの柄やトイレの形状に間違いなく見覚えがあった。
 ハルのケージ。
 椅子に座ってステーキを食べている寡黙な紳士もハルだし、俺もハルだ。この家にはそもそも二人の「ハル」がいるわけであり、何もおかしいことはない。
 確かに妻と結婚してからの十五年間、特に娘が産まれから、一体何度妻に感謝の言葉を言い、どれだけ手を繋いだことがあったのだろう。言葉も触れ合いも、自分の仕事にかまけて、何一つできてはいなかった。
 結婚式の日、参加者に配った二人のプロフィール。「これから大切にしていきたい言葉」として、俺が書いた言葉。
 初心。
 その気持ちを俺はすっかり忘れてしまっている。いなくなって初めて分かる、本当の家族の大切さ。
 ありがとう。
 俺は、そう言いたかった。精一杯、大きな声で。
 しかし、声を出すことはできなかった。口から空気が漏れるだけだった。あるいは偶然音が出たと思っても、ぶぅ、なんて豚の鳴き声に近い下品な音だった。それに俺の胃袋は限界だった。牧草でもペレットでも何でもいいから、思い切り腹一杯食べたかった。どうにかして、俺はその気持を妻に伝えたかった。
 声にならない気持ちを伝える方法。
 俺はケージの鋼を上下の歯でしっかりと挟み、力の限り前後に揺らす。ケージ全体が大きく震え、「ががががが」という音が部屋中に響く。
 なるほど、聞くのは不快であったが、音を出す側に回ると、これは実に快適で合理的なアピール方法である。妻も娘も、食事の手を止め、俺のいるケージに目線が釘付けになっている。
 ありがとう。ありがとう。ありがとう。それから、ご飯ちょうだい。
 俺は歯が折れてもいいというくらい精一杯の気持ちを込めてケージを鳴らし続ける。
 しばらく無表情で見ているだけの妻と娘であったが、たった一度だけ、あるタイミングで顔を合わせ、「全くもう」と言った感じに優しく微笑み合ったのを、俺は見逃さなかった。それは俺に対する微笑みとしては、実に久しぶりに見る穏やかな表情だった。
 やがて、妻は食事の手を休め、奥からペレットと牧草を持ってきて、食器に入りきらないくらい山盛りに入れた。
 俺は我慢できず、顔を丸ごと食器に突っ込み、口一杯にペレットを頬張った。何て卑しい食べ方だろうと思ったが、どうにもこうにもこの空腹感には敵わなかった。行儀云々より、とにかく腹を満たすことが最優先だった。このかりかりとした歯ごたえ、国立カナダ獣医師会推薦の新鮮な農作物で作られたプレミアムペレットの香ばしさは、今この縮みきった胃袋にはたまらなかった。
 餌を無我夢中で頬張る俺の耳を、娘が撫でる。口を動かしたまま、目だけをちらっと彼女に向ける。普段はむすっとしていて無愛想な彼女だが、口をすぼめて目をぱちぱちと瞬いている様子は、どことなく子供っぽくて可愛らしい。そんな顔は、赤ん坊の時によく見せた表情とあまり変わってはいない。
 それから、妻が俺の背中を手の平全体で摩る。さすがに大人の力でしっかり撫でられると堪らなく心地よい。口を動かすことをつい忘れてしまうくらい、妻のソフトな指の腹が俺の背骨の形を確かめるようにゆっくり伝う様をうっとりしながら感じている。
 妻の手。
 妻の呼吸。
 がっつく俺を覗きこむ、妻の…優しい顔。

 俺は今、妻を感じている。手を繋ぐことはできないが、妻の手の平の熱を、俺は体全体で感じることができる。
 もし、俺に対する愛情が少しでも残されているのなら、そしてこれから先もずっと俺の傍に居続けてもらえるのなら、ケージの中で暮らすうさぎの人生も、満更悪くはない。(了)


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