欠損

 台所の一部が、失われていた。正確には、三角コーナー辺りの空間に、三十センチ四方の歪な暗闇が存在していた。僕はそれを便宜上、「欠損」と呼んだ。

 欠損は一月前から突然現れ、僕に三角コーナー紛失の不都合を強いた。奇妙な事に、他の家族に欠損は認識されなかった。家族はこれまで通り、三角コーナーに茶殻や残飯を捨てた。僕の目の前で欠損にゴミを捨て、一杯になれば袋の口を閉めてダストボックスに移した。僕がティッシュを捨てると、欠損の周辺を滑り落ちるように弾かれた。
 欠損に触れることは出来なかった。そこには無だけが存在した。無の存在の癖に、あたかも何かがそこに「存在している」ように振る舞う様は、時折僕を苛立たせた。

 妻は、僕が本格的に壊れてしまったのではないか、と言った。そう言われても仕方のない現象だった。しかし他の日常生活は難なくこなしている上、他に目立った言動、奇行は見られないことから、結論は急がず暫く様子を見る事で合意した。
 本格的に壊れたのだとしたら、今の生活を維持出来なくなるのは必至だった。家族とは離れたくなかった。心理的にも物理的にも、妻子と距離を置かれるのは辛かった。僕自身、それを認めることは人生にとどめを刺される事に等しかった。既に天国にいる両親にも申し訳が立たなかった。社会の荷物にはなりたくなかった。ささやかでも誰かの役に立ちたかった。少なくとも家族の為には、まだこれから二十年以上は稼がなければならなかった。

 僕は緑内障を疑った。この現象は、いわゆる「視覚異常」の一種なのだと。しかし複数の眼科医はいずれも、その可能性を悉く否定した。視力も視神経も全く正常値だった。一人の医者は心療内科の受診を強く勧めた。僕が落胆している間にも、欠損は消えることなく、台所の流しに情念の様に存在し続けた。

 それから更に一月が経過する間に、欠損は家の至る所に拡大した。風呂場、子供部屋、ベランダ、リビング、玄関、靴箱の中までも。大きさや形は異なれ、墨汁の滲みの様な欠損は、家中あちこちに飛び火した。ただでさえ狭い浴槽の半分を欠損によって失ったのは、不便極まりなかった。トイレとパソコンはどうにか浸食を免れていたが、いつ何時失われるかと思うと、日々恐怖だった。
 そして遂に、最も恐れていた事態が起きた。妻の顔が丸ごと欠損したのだ。人体にまで欠損が及ぶのは初めてだった。顔なので、妻の話を聞く事もこちらの言葉を理解させる事も出来ず、当然唇にキスすることも不可能となった。
 解決の手立ては必ずある、天井の欠損を穿つ程見つめながら、僕は一晩寝ずに考えた。すると、消えた筈のパナソニックのシーリングライトが、ジグソーパズルのように嵌めこまれ、元の風景を取り戻した。他の欠損にも試してみると、本来あるべき姿を強烈にイメージすれば、多少時間は掛かるものの、完全に修復することが判明した。それは僕にとって世紀の大発見に等しかった。観念には観念を以って制す、その作業を僕は便宜上、「穴埋め」と呼んだ。
 欠損は面白いように次々と消えていった。妻の顔も元通り、いや少しだけ若い頃の妻を念じてみたら、その通りに復活した。

「欠損と穴埋めねえ」
 妻は僕が経験した今般の顛末を、今度は狂人として扱わず、真面目に聞いた。
「実は今、あなたの顔が欠損してるのよ。私も何か想像しなければいけないかしら」 
 唖然とした。妻の表情から、ふざけているとは思えなかった。
「あなたの話を聞いてたら、突然消えたの。あ、消えたじゃなく、欠損ね。でもちょっと待って。今穴埋めしてみるから」

 はいオーケー、妻がにっこり笑った顔を確認してから洗面所に行くと、僕は西島秀俊になっていた。(了)

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