【超短編小説】実家

 久しぶりの実家だった。
「孫を連れて顔を見せることが親孝行」と世間では言われているものの、どうやら僕の実家の場合は異なるようだった。
 実家に行くのは、仕事以上にエネルギーと覚悟がいることだった。大して年金は貰っていない筈なのに、父は仕事もせず毎日酒ばかり飲んでいた。仕事の話をふると「これだけ家族のために働いてきたのにまだ働けというのか」というのが口癖だった。家に引きこもって酒ばかり飲んでるよりはまし、という意味で僕は言うのだが、父は一切聞く耳を持たなかった。
 母は毎日のように酒を飲む父の面倒を見ることで疲れている感じだった。僕が聞いていても気が滅入るばかりの文句を父は母にぶつけたが、母が父に抵抗したり、言い返したりするのを僕は聞いたことはなかった。言葉は辛辣だった。母の存在そのものを否定する言葉さえあった。同じ言葉を職場の部下に浴びせたら、間違いなくパワハラで訴えられる程の酷い罵倒を、母は笑みさえ浮かべて聞き流した。僕の妻から見るとそれはもはや「異様」を通り越し、「喜劇」にさえ映るようだった。つい数年前まで一緒に暮らしてきた僕から見ても、最近の父の酒量と母の我慢は度を越していた。二人共、各々において病んでいるのかもしれなかった。
 「実家に行く」と事前に伝えている当日でも父は酒を飲み、母は父からの罵詈雑言に耐えていた。そのぴりぴりとした空気感は小学生になる娘にまで伝播し、娘も実家にはあまり行きたがらなかった。
 僕らが訪問すると、父の酒を飲むピッチは更に上がった。そして時間の経過と共に、僕と父は必ず言い争いになった。僕の仕事のこと、娘のしつけや教育、世の中の政治や経済など、テーマはいくらでもあった。父は人を褒めるより欠点ばかり突いた。下手に反論しようものなら、「お前は何も分かっちゃいない」「もっと勉強しろ」と子供扱いした。母は何も咎めず、いつも通り諦めていた。酒を飲んでいる時の父は、何を言っても言う事を聞かなかった。お茶を飲んでも、食事をしても、結局不愉快な気分で家路につくことが殆どだった。
 そうした理由で、車で二十分もかからない同じ市内の実家に顔を出さなくなってから、既に半年が経過していた。何かと忙しかったこともあり、実家のことはすっかり忘れていたある日、「渡したい物があるから」と母から連絡があった。たまには孫の顔が見たいと父が言っていると付け足した。酔った父の言葉に、信憑性は全く感じられなかった。
「どうする?」と僕は妻に聞いた。
「どうするも何も」と妻。
「土曜の午前中なら寄れるかな」
「そこしかないわね」
 妻も僕の実家については快く思っていなかった。いつ行っても歓迎されている気がしないと。男の親なんてそんなもんだよ、と僕は言った。「悪気はないから」と言うと、妻は少し不機嫌な顔をして「孫を連れて行くというのに、泥酔して迎えるかな」と言って口を噤んだ。あまりにもっともなので、僕は何も言い返せなかった。自分の親のことでは妻にはいつも申し訳なく思っていたが、何分昔からそうなので致し方なかった。

 実家に到着すると、当たり前のように父はこたつで酒を飲み、母は小間使いのように忙しく給仕していた。娘に会いたいと言った癖に、父は「大きくなったなあ」の一言だけで、それ以降大して娘に関心を向けることはなかった。
 居間のこたつで酒を飲むアルコール臭い父と、その世話をする母という構図は、半年前に訪問した時の状況と何も変わっていなかった。季節は違う筈なのに、着ている物はいつも同じに見えた。
 老けた、と思った。どこがどうということもないのだが、老けた、という印象を持ったのは事実だった。半年の間に何があったのか分からないが、ただ年を経たということ以上に、二人は「老い」を象徴していた。つい数年前まで、父と母とこの実家で一緒に暮らしていたことが嘘ではないかと思う程だった。
「持っていってもらいたいものがあるんだよ」
 父は真っ赤な顔をして、母に目配せした。母は奥の部屋から小さな箱を持ってきて、僕の目の前に置いた。ポータブルのナビゲーションだった。
「買ったけど使わないからって、お父さん」
 母は少し困った顔をして僕を見た。
「持ち運びできる奴だよ。お前、車乗ってるなら使うだろう。持っていけ」と父は言った。車は買い替えたばかりで、当然ナビはついていた。今はスマホの地図アプリもあるから、ナビに不自由はしていなかった。それでも、父と母はどうしても僕に持って帰ってもらいたいようだった。
「へえ、すごいじゃん」
 全く関心はなかったが、いらないとも言えなかった。機嫌を損ねると、お互い不快になるだけだった。実家に帰ると、必ず何かを持たされた。こうした物品の時もあれば、食材の時もあった。しかし食材は大抵日持ちしないものであり、鮮度も落ち、消費期限が近い、時には期限が切れているものさえあった。物品も殆ど使用する見込みのない物ばかりだった。
 悪気はないよ、と僕は言ったが、妻には悪意があるとしか思えないようだった。
 ポータブルナビは酷く旧式だった。解像度は荒く、ポータブルという割に矢鱈重かった。夜間モードと昼間モードの切り替えスイッチがあったが、大したありがたみはない機能だった。とても今の自分の生活の中で使えるような代物ではなかった。
「なかなかしっかり出来てるね。昼と夜が切り替わるなんて、最新じゃない」と僕は言った。
「そうだろう? 安かったんだよ。一万円。もっと高そうに見えるだろ?」
「そうだね」
 同意する以外なかった。
「通販は本当に安いぞ、お前。定価4万円が1万円なんて。まあ、それでも儲かるんだから定価で買うのは馬鹿馬鹿しい」
 顔が古い能面のようになっているのを、僕は自覚した。こんなものを一万円で買う神経が僕には分からなかった。父はスマホを持っていないから、今の最先端を知らない。携帯電話さえ使いこなせない。そういう人間にとってポータブルナビは、先端的な便利グッズに見えてしまうのだろう。
「うちは使わないから、お前使え」
「本当にもらっちゃっていいの? 使わないの?」
「うちには必要ない」
 僕は心底ありがたそうに箱を受け取って、鞄に仕舞った。使わないものを何故買うのか不思議だったが、そこは敢えて聞かなかった。聞いても仕方のないことだった。というより関心がなかった。それより酔っぱらっている人間の好意を拒否するとどういうことになるか、僕は経験則で知っていた。決して断るべきではなかった。受け入れないことで、過去何度も痛い目にあってきたのだ。
 帰り際、「こういうのは使う?」と今度は母が足を折り畳める小さなテーブルを出してきた。「使うなら持ってって。あの人、これじゃ小さいっていうから」
「いいの?」
「使わないもの」
「何だか貰ってばかりで悪いね」
「いいのよ。使ってもらえる人に使ってもらうのが一番だからね」
 妻はいい加減うんざりしていた。娘も全然構ってくれない両親に飽き飽きしてゲームばかりしていた。実家に来ても、結局何のメリットもないのだ。いつも帰る頃は嫌な気分になっていた。
 自宅に帰ってから、僕はテーブルの足を広げた。ちょっと台に手を乗せて体重をかけると、ぐらりと台が歪んだ。足が貧弱だった。使えない、僕はテーブルとポータブルナビを一緒に物置に仕舞った。

 その日をきっかけに、何故か毎月のように、実家は僕らを招いた。招くというより、何か物を渡したいから寄れということだった。
 貰ってくる物は、全くもって使えない物ばかりだった。「悪意がある」という妻の言葉も、少し分かる気がした。
 古い圧力鍋があった。もう使わないからと母が妻に、ということだった。金属の一部には既に錆が入っていた。圧力鍋は持っていなかったが、「こんな古めかしい鍋なんて、怖くて使えない」と妻は言った。「爆発したらどうするのよ」
 結局、鍋は翌日の不燃物回収に出した。
 また、「隣近所の人からもらったクッキー」というのもあった。そんなもののために、わざわざ休日の時間を費やして実家に貰いにいくのがとても残念だった。
「父さんも私も、こういうの食べないから」と母は申し訳なさそうに言った。ビニールにかなりの量が入っていた。混ぜ込んだチョコレートが少し溶け出しているのか、ビニールのあちこちが黒く汚れていた。僕自身もあまりクッキーは食べない方だったので、げんなりした。
 自宅で娘が一口齧ると、直ぐティッシュに吐き出して袋を投げた。「不味い。冷蔵庫の臭いがする」

 僕の実家は人に不快を与えることしかしなかった。自分の両親ながら情けなかった。そろそろぼけが始まっているのかもしれなかった。ただのぼけより質が悪いように思えた。
「もう実家から何も貰ってこないでよ」と妻はいい加減きれていた。
「俺だって貰いたくもないけど聞かないんだよ」
「わざわざクッキーもらったから取りに来いなんて言う? しかもこんな日にちの経ったもの。誰がどうやって作ったのかも知らないものなのよ? あなた、食べられる?」
「いや、俺はクッキーは嫌いだから」
「そういう問題じゃないでしょ。圧力鍋といい、壊れたテーブルといい、本当に酷い物ばかり」
「でも断るわけにはいかないよ」
「どうして?」
「断ると不機嫌になるし嫌な気持ちにさせてしまうから」
「どっちが嫌な気持ちになってるのよ。何でそんなに気を使わなきゃいけないの?」
「自分の親だからさ、あれでも。本当にごめんね」
「もうあたしは行かない。あなた一人で行って」
 自分の親のことで家族が不和になるのは本望ではなかった。振り回されたくもなかった。全ての元凶は、あの酒飲みの父のせいだと思った。年を経れば経るほど壊れていく親が恥ずかしく、寂しく思った。

 しばらく間が空いたと思っていたら、一年が経過していた。
「ちょっと寄って欲しいの。渡したいものがあるのよ」と母が電話で言った。「父さんも孫の顔を見たがってるから」というお決まりの文言に、妻は「絶対に行かない」と言い張った。娘は妻が行かなければ行かないに決まっていた。従って、今回は僕一人で行くことにした。仕方なかった。父は僕の親だった。断れば、何をしでかすか分からない。僕としたら、母に当たられるのが一番辛かった。
 実家に着くと、テーブルにはいつもの焼酎グラスが空いていた。父は既に顔を真っ赤にしてこたつで横になっていた。鼾も出ないくらい、深く堕ちているようだった。
「今日は一人なの?」と母は疲れた顔で言った。もう十年も会っていないくらいの老け込みようだった。
「悪いね。娘の習い事があって」
「持っていってもらいたいのよ、この人」
「え?」
「父さん。うちじゃ、もう必要ないから」
「必要ないって、意味分からない」
 最初は母が何を言っているのか良く分からなかったが、端的に言うと、もう父はいらないから持っていけ、ということだった。僕は何度も「父さん、もういらないの?」と母に聞くと、「いらない」とその度に言い切った。
 僕は父を家に持って帰った時の妻の反応を想像したが、それは圧力鍋だのクッキーだのとは全く比較にならないようなリアクションになることは容易に想像がついた。これはいくら母の頼みでもすんなり受け入れることは出来なかった。
「一人息子のお前をここまで育ててくれたのは、父さんが頑張って働いてくれたからなのよ?」
 母はいつになく強い口調で言った。言葉尻が震えていた。
「私は持病があって働けなかったから、父さんの稼ぎだけでずっとやってきたの。あなたが生まれてからずっとね。父さんはお前が東京の私立大学に行きたいというから、お酒も我慢して、何の愉しみもなく、ただただお前のために定年まで働いたんだよ」
「それは」
 感謝してますとしか言えなかった。過去の事実は事実として、認めざるを得なかった。でもその話と、父さんを持っていけという話は別だ。
「私は今まで父さんを十分支えてきたつもり。定年後はお酒ばかり飲んでる父さんだけど、でも私は感謝してるから、色んなこと言われるけど、辛いとは思わなかった」
「分かるよ」
 僕が今の妻と結婚して家を離れた後の実家の状況は良く分かっていた。
「でももう無理。体動かないし、頭もいつもぼんやりしてしまって」
「大丈夫?」
「だからお願い。父さん、持って行って。いらない」
「持って行ってって言われても。母さんはどうするの?」
「母さんも持って行ってくれるの?」
 真顔だった。僕は少し怖くなった。
「あ、いや、それは妻とも相談しなくちゃ」
「今日はひとまず、父さんだけでも、ね。お願い」
「分かったよ」
 断れなかった。僕はこの父と母の息子であり、ここまで育ててくれたのは、厳然たる事実だった。裏切る訳にはいかなかった。それは妻や娘に何を言われても譲れないことだった。でも父さんを持って帰って行った時の妻の反応をイメージするのは、というより、イメージしたくはなかった。ネガティブなことを前向きに想像できるほど、今の僕にゆとりはなかった。
 僕は眠っている父を背負って、車のリアシートに横倒しにした。元々大きな体躯ではなかったが、年をとって更に小さくなってしまったように思えた。この年の男の体重ってこんなもんかと思った。あるいは父が異常に痩せているのかもしれなかった。しかしこれだけの音と処置をしても、今だ眠っている父が不思議でならなかった。酒は何処まで人を深く眠りにつかせる物なのかと、その威力を改めて思った。
「着る物と普段使う物はこの中に大体入ってるから」と、母はくたびれたボストンバッグを一つトランクに積んだ。
「ああ、助かった」と母は言った。空耳ではなく、確かに「助かった」と、母は言った。
「本当にいいの?」と僕は言った。
「父さん、お前のことが可愛くて仕方ないから。これが一番いいのよ」
「父さんが望んだことなの?」と僕は聞いたが、母は何も答えず、少し微笑んだ。母の笑った顔を見るのは実に久しぶりな気がした。それだけでも、父さんを持って帰る意義はあるのかもしれなかった。
 家に着くと、僕は玄関に眠ったままの父を背中から下ろし、覚悟を決めて妻に事情を話した。妻の反応は想像以上のものだった。
「どこまで人を馬鹿にすればいいのよ、あなたたち親子は」
 僕とうずくまった父を見る妻の目は、怒りというより絶望だった。
「いや、これまでのいただきものとは違って、これは僕の父親だからさ、母さんにそう言われたら、断る訳にもいかなかったんだ」
 エプロン姿の妻は何も答えなかった。奥からカレーを煮込んでいる香りがした。娘は玄関先での異変を察したのか、部屋の扉を半分開けて、玄関でぐったりしている僕の父と自分の母親の顔を見比べていた。それでも、酔った父は未だ眠ったままだった。お腹が規則的に動いていることで、死んではいないということは証明されていた。
 突然、妻は台所に取って返し、奥から大きな黒いゴミ袋を持ってきて、僕の父を詰め始めた。
「どうするの?」と僕は聞いた。
「捨てるのよ」と妻は答えた。
「捨てるって、僕の父だよ?」
「だから何よ。いらないわよ。ねえ、どうしてあなたの実家はいつもいつも」
 妻の声は震えていた。感情が破裂するのを何とか押さえつけているようだった。いっそ破裂してしまった方か、僕も妻も精神衛生上いいのではないかと思った。
 ビニールの口を塞ぐと、妻は玄関を開け引き摺るようにして父を家から出した。
「ねえ、本当に捨てるの?」
「もらったって、使い手がないじゃない。いつもお酒ばかり飲んでる人間なんて、何の役にも立たないわよ。何の役に立つの? ねえ、我が家にどんな貢献してくれるの? 答えてよ」
「それは」
 僕は何も言えなかった。常に酒に酔ってくだを巻く人間の使い方。確かにどうしようもなかった。酒代という金を浪費し、周囲の人間を不快な気持ちにさせるだけの無用の長物。
 しかし、これまで僕を育ててくれた父であり、さすがに僕だって感謝の気持ちはある。しかしそれは元々他人の妻にとっては何の関係もないことだった。僕と妻と娘の関係性の中で、僕の父の立ち位置は曖昧だった。立つ場所があるのかどうかさえ疑問だった。否、恐らくこれ程の妻の剣幕を見れば、それは存在しないと見るのが妥当だった。
 マンションのごみの集積場につくと、妻はダストボックスの蓋を開けて、大きな黒い塊をその中に落とした。さすがにその衝撃で父も目覚めたのではないかと思ったが、他のゴミがいいクッションになって、案外そうでもないと直ぐ否定した。僕の父は、我が家にはいらない物として、これまでのナビやら圧力鍋やらテーブルやらと同じように捨てられるのだ。
 妻は何も言わずに突っ立っている僕の前を通り過ぎた。僕はダストボックスの中が気になったが、それより妻の感情がこれからどう触れるのかが気掛かりで、後に続いた。さっき実家から連れてきたばかりで直ぐに捨ててしまうというのは、さすがの僕も忍びなかった。少なくとも数日くらいは様子をみてもいいのではないかと思っていたが、それを妻に伝えるタイミングさえなかった。数日置いたからと言って何が変わるのか、と問われるのがオチだった。そう問われた時、僕はどう答えたのだろう。僕にもこれといった妙案は思いつかなかった。ただ、それが「僕の父である」という事実があるだけだった。

 その日、僕は中々寝付けず、ようやくうとうとしだしたのは朝方だった。僕は夢を見た。小さい頃の夢だった。家には父の姿はなく、母は朝か昼か夜だかの食事の支度をしていた。僕は「父さんは?」と母に聞くと、「お仕事よ」と母は背中で答えた。「父さんはどんな仕事をしているの?」と続けて聞くと、母は「人の役に立つお仕事よ」と振り返って僕に微笑んだ。ただ、それだけの夢だった。いや、他にも沢山の夢を見たのかもしれないが、朝起きて思い出せるのは、その母との何気ない会話だけだった。
 妻と娘はまだ眠っていた。目覚まし時計の鳴る十分前だった。僕は音を立てないように上着を羽織り、ぼさぼさの髪を適当に整えてサンダルを履いた。これはいくら妻の判断でも、やはり間違っているのではないかと思った。
 烏が鳴いていた。日は既に昇り始め、ビルの窓ガラスに反射していた。ダストボックスの蓋を開けると、もうそこには何もなかった。父の入った黒い袋も、他のゴミ袋も。昨日のうちに回収されてしまったようだった。
 本当に不要だったのかどうか、僕は妻と改めて話し合わなければならない、と思った。そうしないことには、この家族はいつか崩壊するのではないかと思うと、僕は急に怖くなった。家族として、否、人として、どこか致命的な過ちを犯しているのではないかと。

 それから数日後、実家の母から電話があった。妻とはまだ話が出来ていなかった。僕の仕事が突然忙しくなって、家に帰ってからはとても妻と向き合う気力はなかった。
「ちょっとこっちに寄れる時間ある?」と母は言った。
「何?」
「持って行ってもらいたいものがあるのよ。それから、たまには娘の顔を見たいって、父さんが」
「父さん? いるの?」
「あなたが実家に来ると言えば、帰ってくるわよ、きっと。あなたのことが大好きなんだから、父さんは」
 僕は週末に寄るから、とだけ伝えて電話を切った。当然、妻も娘も行く筈はなかった。僕は実家から呼ばれれば、行かない訳にはいかなかった。
 何故ならそれは誰の実家でもなく、僕の実家なのだから。(了)

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