『リーマン☆ライダー』

「会場を襲撃せよ!」
(「門松男」の号令により、会場入り口付近より「ジョーカー戦闘員」二名登場。観客席の子供たちを牽制しながら両サイドの通路を練り歩く。『マックストークショー』が一転、場内に緊張感。BGM「メタフォリス帝国のテーマ」)

 私は震えていた。もちろん、「門松男」や「ジョーカー戦闘員」の登場に怯えた訳ではない。首の隙間から入り込む冷たい風が我慢ならなかったのだ。
 今、ヒトシの首に巻かれているマフラーは、元々私が用意してきたものである。出掛けに何度も忠告したのにヒトシは頑なに拒否した。最近反抗期なのだ。しかし家の中と外ではまるっきり温度が違う。一月二日のイトーヨーカドー正面入り口「特設広場」。ここは北向きで一日中陽が当たらないところなのである。
 ヒトシのマフラーを半分取り返し自分の首に巻きつける。動いていないので寒さが一際身に染みる。コンクリートの上にブルーシートを敷いただけの客席では尻からも熱が奪われる。
 とはいえ、ひとたびショーが始まってしまえばヒトシはもうそちらに夢中で、自分の首が私の首と繋がっていることなどお構いなしに、ジョーカーの動きに合わせて上体をひねる。ジョーカーは短刀のようなものを振りかざし、目が合った子供たちをその都度威嚇する。昔のショッカーは皆素手だった。私は不規則に訪れる首の圧迫に耐えながら、幼少期に見たヒーローの記憶を辿る。

「ヒュウー、ヒュウー」
(「ジョーカー戦闘員」たちの気勢。バック転を交えながらステージ中心に集結)
「一人残らず捕まえて、『メタフォリス』に連れて行くのだ。やれ!」
(「トークショー」の司会だった「お姉さん」からワイヤレスマイクを奪い取り大声を張り上げる「門松男」。不安を煽る悲鳴交じりの効果音。さらに二名の戦闘員がステージ裏から登場し「門松男」の両脇を固める)

 それにしても、正月早々何故こんな苦痛を受けなければならないのか。海外旅行なんて贅沢は言わないが、私にもプライドや体裁というものがある。
 「年末年始合わせて五日間しかない貴重な休日に、防寒対策もままならず、不肖の息子と二人きり、わざわざ車で三十分もかけて、イトーヨーカドーの集客イベントを見ている自分」というものが、甚だしく「負け組」を象徴しているようで惨めな気持ちになる。もっとも「負け組」は事実なのだから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが。四十路も過ぎると、人生の軌道修正をするのは並大抵のことではない。

(BGMが止む。場内のざわめき。「門松男」と「ジョーカー」が訝しげに目を合わせる。突如、『お面ライダーマックス』の主題歌が大音響で流れ始める。「ジョーカー」に羽交い絞めにされていた「お姉さん」から歓喜の笑顔。ヨーカドー一階店内「婦人靴売り場」付近より颯爽と「マックス」登場。子供たちのどよめきと歓声)
「平和を乱すメタフォリスのしもべども、そこまでだ!」
(キック一発で一人のジョーカー撃退。もだえながら舞台ソデへ。「お姉さん」解放。「門松男」に睨みを利かせる「マックス」)
「黙れ、マックス。ええい、やれ!」

 今年で九歳になるヒトシは、私が日頃かまってやれないせいか「男気」というものが育たず根性もない。クラスの中でも極めて喧嘩が弱く、泣いて帰宅することもしばしばあった。何せ、趣味は「折り紙」と「お菓子作り」である。顔は私に似て口元がだらしがなく愛嬌ない。加えて勉強もどっちつかずとなれば、何をか言わんや。私が「不肖の息子」と呼ぶ所以である。
 そういう私の気持ちを察してか、私の言うことにあまり耳を貸さない。ここに来るのだって、妻が一緒に行かないことを直前までごねられた。もちろん普段であれば妻も一緒なのだが、これからの帰省や「お年賀」の一件で気が立っており、「正月くらい父親らしいことしてあげてよ」と、無理やり家から追い出されたという訳だ。
 ヒトシは「お面ライダーマックス」が大好きだ。マックスのテレビ放映がある日曜朝八時には、誰に起こされなくても、必ず自分で目を覚ましてリビングのテレビをつける。妻は低血圧なので九時を過ぎないと起きられない。というのは建前で、本当は私に対する当て付け的な不貞寝ではないかと思っている。私も襖越しに聞こえてくる激しいギターサウンド中心のマックスの主題歌に頭を抱えながら、夢と現実の端境を彷徨う。
 休日は特に体が重い。頭と体が「もっと休ませろ」と悲鳴を上げている。確かにここ数年、仕事量が半端じゃない。にもかかわらず給料は一向に上がらない。それどころか毎年の増税で年収はむしろ減り続けている。妻の不貞寝の原因は、サービス残業の理不尽さと、こんな夢も取り柄も無い、つまらぬ夫を選んでしまったという後悔に間違いない。

「とう(バキ!) はっ(ドス!) やあ(グシャ!)」
(マックスのキックとパンチを受け、瞬く間に片付けられる「ジョーカー戦闘員」。追い詰められる「門松男」。一転、険悪なムードのBGM。ソデより、「マックス」の天敵「ブラックシャドー」が、メカニックな足音と共にゆっくり登場)
「役立たずめが」
(手にした「シャドーサーベル」で、「門松男」を一刀両断。「門松男」、あっけなくステージ上で絶命)
「マックス、ついに決着をつける時が来たようだな」
(緊迫した空気。舞台上で睨み合う「マックス」と「ブラックシャドー」。固唾を呑む会場の子供たち)

 実家に持っていく「お年賀」を事前に用意するかしないかといった、私にとっては実にどうでもいいことで今朝妻と口論になった。今はスーパーも元旦から店を開けている。だからこうしてイトーヨーカドーで「お面ライダーマックスショー」が見られる訳だ。当然「お年賀」だって売っているし、今はコンビニでさえ買える時代である。
 けれども妻は、その場当たり的な私の無計画さがどうも気に入らないらしい。「正月休みの過ごし方」について、何の計画も打診もなく、ただ酒だけあおってばかりいる私が癪に触るのだ。
 もし「マックスショー」にでも行かなければ、あなたはこの正月中ただ飲んだくれているばかりで、ヒトシの為にやってあげることなど何一つなく休みが終わる、と妻はこめかみに青筋を立てながら、私にまくし立てる。(→続きはAmazon(Kindle版)で)