『後からジワる超絶短編』

 1.『若きセールスマンの安息』

 今月のノルマまで、もう一息のところまできていた。この仕事が合う合わないというより、当座の生活費を稼ぐ為には必死だった。
「東京都水道局の方から来ました。今無料で水質検査を行っておりまして」
 白髪を油で固めたスウェット姿の老人は、ご苦労さんと男を家に上げ、まるで近所の年寄り仲間を迎え入れるように炬燵を勧めた。座布団は染みだらけで絨毯には糸くずが沢山落ちていた。家中線香の匂いがした。買い立てのスーツでそこに座るのは、まだ勇気が必要だった。
 早速チェックしてみましょう、と男は持参したコップに水道水を注ぎ粉末の試薬を垂らすと、水はたちまちピンク色に変色した。老人の反応などお構いなく、男はマニュアル通り粛々と事を進めた。
「かなり汚れてるみたいですね」と男は一週間の浄水器無料モニターを紹介した。「体の殆どは水ですから。長生きしていただく為にも」
 老人はダイニングの椅子に腰掛けたまま、男の行動を見守っていた。こんなに無防備な年寄りも珍しい、男はレバーを上げ下げして、浄水器がきちんと装着されたか確認した。
 若い奴は何時だって手際がいい、老人は感心して男を眺めた。(→続きはAmazon(Kindle版)で)