『ラブドールズ・ライフ』

一 

 濃密な時の澱みは、貪欲な触手を四方に広げ、堂々巡りを繰り返す我々の思惑を愚直に飲み込んでいる。澱みは私と晶子によって生み出され熟成している。それは既にこちらの手を離れ、独立した意志を持って活動し始めているようにも見える。一定の質量と手触りのある、しかしいささか合理性と温もりの欠落した澱みだ。

 仕事から解放され、心躍る筈の週末には似つかわしくないこの重厚な空気を薄めるためには、どちらかが何らかの行動を起こす必要がある。それは舌打ちでもいいし、溜め息でもいい。あるいは頬に平手打ちをしたり、食卓を蹴り上げたりすることでもいい。一思いにベランダから飛び降りてしまうことさえ出来る。しかしいかなる行動を選択したとしても、澱みの希薄化に寄与こそすれ、問題解決に結びつく糸口にはならない。それどころか、更に問題を複雑化させる懸念さえ孕む。

 我々は今、お互いの真実を探り合う深淵の窮みにいる。もうかれこれ十分以上は膠着状態が続いている。前にも進めず後ろにも退けず、お互い視線を合わせぬまま剥製のように沈黙する。寸分の感情の揺らぎを相手に悟られぬよう、息を吸い吐くことにさえ細心の注意を払う。

 剝製。
 私は今、購入後間もなくお蔵入りとなったアルマジロの剥製について考えている。振り返ればあの頃を境に、晶子の言葉の節々に棘の存在を感じるようになっていた。そんな化け物、と彼女は言ったのだ。
「そんな化け物に四六時中監視されている私の気持ち、考えてみてよ」
 日頃、言葉使いの丁寧な晶子が「化け物」という言葉を使ったせいもあるが、少なくとも一世一代の決意と決断に基づいて購入したアルマジロを「化け物」呼ばわりされたことに、私は少なからずショックを受けた。
 確かにそれは全くの衝動買いであり、別段爬虫類マニア(アルマジロが実は哺乳類であるという事実を、私はずっと後に、とある女性から教わることになる)という訳でもなく、過去に遡ってみてもアルマジロと自身を結びつける接点など何一つない。従って晶子にとっても、まさか自分の夫が「アルマジロの剥製」を抱えて帰宅するということは想定外であり、ショックを受けたという点では彼女もそうだと言えなくもない。しかし、その衝動買いには私なりの理由があった。(→続きはAmazon(Kindle版)で)