『ラブドールズ・ライフ』

一 

 ブロンディの華奢な手を握り締めながら、僕は仰向けになって果てていた。かさの壊れたスタンドライトが我々の性戯により生み出された無数の塵を大きな口を開けて吸い込んでいた。
 天井に描かれた宇宙空間には、大小様々の星が不規則に散りばめられ、地球と思しき惑星の下を、スペースシャトルと思しき宇宙船がこちらに船首を向けて飛行していた。
「なかなか上手な絵ね」とブロンディは言ったが、僕は絵の巧拙より、ホテル街のはずれ、猫と鼠の追いかけっこでも始まりそうな場末のラブホの天井になぜこのような絵が必要なのか、ということを考えていた。
「ドクター・ハルヒト、ユーは絵好き?」とブロンディが聞いた。
「ブロンディ、ドクターじゃなくて、ミスター」
「私、今CGの勉強しているの。カンピータ・グラヒクス。カンピータを使うと思い通りの絵が描けるのよ」
「CGの前に発音の仕方を勉強した方がいいかも」と言って、僕は笑った。
「下唇がうまく噛めないの」
「下唇を噛まなければいけない音なんてあったかな」
「わざとよ、ドクター」
 スピーカーからはBGM用に編曲されたインストルメンタルのJポップが静かに流れ、会話の隙間を均一に埋めていた。原曲は確かビジュアル系ロックバンドの曲で、激しいディストーションのかかったギターとツインペダルのバスドラムが絡み合う楽曲だったはずだが、編曲家はメロディラインだけを残してそうした刺激的な部分をものの見事に取り除いていた。
 近所のスーパーで買い物してるみたいね、と言って、ブロンディは片方の眉をつり上げた。
「それより、スペースシャトルはないと思う」
「いいんじゃない? 宇宙らしくて」
「その『らしくて』というのが、悪の元凶」
 長くカールした睫毛を摘みながら、ブロンディは留守宅を覗くように僕の顔を見た。
 僕の興味は既に天井から離れ、再び彼女の白い肌を弄んでいた。ぴんと張り詰めた人工乳房の緊張感が心音と共に手の平に伝わった。先の汗と体液でまだ少し湿っている自身の下腹へブロンディの手を導いた。
「ねえ、初めて私たちと出会った時の話、聞かせてほしいな。クライアントには必ず聞くことにしてるのよ。それを聞くと、その人となりが大体分かるから」
 体の向きを変え、ただでさえ大きな瞳をさらに見開いて、ブロンディは僕を見た。彼女の左手は僕の下腹の茂みの奥深くに埋もれていた。パウダー入りのグロスを引いた瑞々しい唇を中指の腹でゆっくりなぞりながら、僕は妻が家を出ていった後、ケイトと過ごした日々のことを思い返していた。(→続きはAmazon(Kindle版)で)