【超短編小説】リスク
土曜の昼下がり、私は妻を食事に誘った。妻は内科と小児科のある町医者の門前薬局で働いていた。来る客の大半は発熱していた。感染対策は万全を期さねばならなかった。通常業務以外に、対策の為の作業が上乗せとなった。職場からクラス...
土曜の昼下がり、私は妻を食事に誘った。妻は内科と小児科のある町医者の門前薬局で働いていた。来る客の大半は発熱していた。感染対策は万全を期さねばならなかった。通常業務以外に、対策の為の作業が上乗せとなった。職場からクラス...
気のせいであって欲しかった。しかし間違いなく、その「ずぶずぶ」な感覚を、男は足の裏に感じていた。まだこの年で、と思ったが、自分よりもっと若くしてそうなってしまった人の情報に触れると、少なくとも五十になった今まで大過なく...
腹回りの痒みから始まった蕁麻疹は、胸、背中、腕、足、頭皮に至るまで、あっという間に全身に広がっていった。私はいつもどこかしら掻いていた。痒みには波があり、場所もその時々で違っていたが、手が止まっていることはなかった。家...
山道を外れ、特別の場所に作られたこの住処までは、さすがのマスコミも一般人も足を踏み入れることはないはずだが油断は禁物だった。このところ夜になると、懐中電灯の明かりが、真夜中でも山道近辺にちらついているのが見えた。話題の...
その日は、一二四年ぶりに「二月二日」となった「節分の日」だった。節分と言えば「二月三日」と決まっているが、今年はある理由があって一日前倒しになったようだ。しかし私にとっては、節分が二日だろうが三日だろうが、あるいは前倒...
女の跳ね起きる気配で、男は意識を引き戻された。暗がりの度合いから、日の出まではまだ十分な時間があるようだった。「どうしたの?」 じっと半身だけ起こして動かない女に、男は言った。「この音何かしら」と女は答えた。「音?」「...
そろそろ夕食が終わるという頃、私と妻はテレビを見ていた。というより、私の方はテレビの画面を目に映していただけで、明日の仕事の段取りを考えていた。「トムハンクス」と妻は言った。「懐かしい」 テレビには映画か何かのドキュメ...
「それが変な夢なんだ」と俺は妻に言った。 妻は朝食の支度で台所と居間を行ったり来たりしていた。この忙しい時間帯に話すべきことではないのかもしれないが、夢の鮮度が落ちない前に、どうしても誰かに伝えておきたかった。二日連続で...
うさぎのロップが亡くなってからというもの、妻はおかしくなりました。一週間泣き続けて涙を枯らし、やがて声を失い、遂に生気も尽きたようでした。 子供のいない我々夫婦にとって、ロップは我が子同然の家族でした。ちょうど十年目の...
サンタクロースの出で立ちで、俺は煙草を吸っていた。妻は既に夢の中だった。吐いた煙がその場で凍り付く程の寒さだった。ただでさえ疲れていたが、今日はまだ眠る訳にはいかなかった。イブの夜、サンタは子供の眠っている枕元にプレゼ...
なぜ歩いていると靴の中に小石が入るのか、不思議でならなかった。砂浜や砂利道を歩いている訳ではなく、靴に穴が開いている訳でもないのに、何度取り除いても、しばらく歩くと、いつの間にか足の裏に小石を感じるのだった。 石を捨て...
大半の人々は眠っている時間帯だった。眠るとは即ち、明日を迎える覚悟が出来ているということだった。 五十を過ぎたばかりのその男は、いまだ覚悟が出来なかった。これほど明日が来ることに恐怖を感じることはなかった。今日が永遠に...