下着泥棒

下着泥棒

 話し合いの場は、既に整っていた。後は本人を待つだけだった。田中夫妻と藤木夫妻はマンションの隣同士、年が近く同じような時期に引っ越してきたこともあって、年に何度か食事をし合う程の仲だった。田中家に招くこともあれば、藤木家...

靴の小石

なぜ歩いていると靴の中に小石が入るのか?

 なぜ歩いていると靴の中に小石が入るのか、不思議でならなかった。砂浜や砂利道を歩いている訳ではなく、靴に穴が開いている訳でもないのに、何度取り除いても、しばらく歩くと、いつの間にか足の裏に小石を感じるのだった。 石を捨て...

似た者夫婦

似た物夫婦

 帰宅すると、妻はソファに寝そべって眠り込んでいた。テレビは点けっぱなしで、350㎖のビールの空き缶が、柿の種と一緒に放置されていた。元々、コップ一杯のビールさえ飲めなかった妻が、最近は缶ビールを一本空ける程になったのだ...

今日が永遠に続いて欲しいと本気で願うこと

今日が永遠に続いて欲しいと本気で願うこと

 大半の人々は眠っている時間帯だった。眠るとは即ち、明日を迎える覚悟が出来ているということだった。 五十を過ぎたばかりのその男は、いまだ覚悟が出来なかった。これほど明日が来ることに恐怖を感じることはなかった。今日が永遠に...

火種

火種

 一通り片づけを終えた後で、妻は居間にいる私の前に座り、かしこまった顔で言った。「ちょっと話があるの。どうしても許せないことがあって」 妻の唇が震えているのを見て不穏な気配を感じ、私はテレビを消した。「どうしたの?」「午...

土を食べる。

土を食べる。

 今朝、土を食べた。昨日も一昨日も、土だった。最近は土ばかりで、しばらく米を食べていなかった。さすがにこう毎日土ばかりでは辟易するが、妻はそうでもないようだった。家計が逼迫しているのだから仕方がないという消極的な選択肢で...

短編小説

短編小説

 あなたは今、「短編小説」を読み始めている。 私はあなたにどのような「短編小説」を提供しようか、思案の途中である。あなたにとって、この「短編小説」が少しでも印象深く心に刻まれるよう、これまでに類のない「短編小説」の完成を...

ねじ

螺子(ねじ)

 二十代半ばの若い夫婦の未来は、今や妻のパート収入にかかっていた。男は、結婚してからこれで五度目の職探しだった。気性の荒い短気な性格は、何処の職場でも馴染みにくかった。学がないことを直接的にも間接的にも批難されるのは精神...

くまのぬいぐるみ

マアクンとコウタン

 死にたい、そう思った。 車内の人波に流されるまま目的の駅で降りると、視界が突然狭くなり、いよいよ立っていられずその場にうずくまった。朝の通勤ラッシュでホームはごった返していて、その場から動けない人間などただの障害物でし...

名刺入れ

名刺奇聞

 財布のように見えたそれは、イルビゾンテの名刺入れだった。金色のバックルを外すと、マチ一杯の名刺が差し込まれていた。男がそれを拾ったのはラブホテル「シエスタ」の入り口、休憩と宿泊代金が書かれたサインボードの下だった。 通...

老夫婦

気の毒な老人

 朝起きると、老人の右脚は腐っていた。 誰が見ても、もう使い物にならないのは一目瞭然だった。いつかそういう日が来ることは分かっていた。しかし心の準備が出来ていないうちに突然そうなってみると、それはそれで悲しく辛いことだっ...

壁画の娘~銀座ライオンの恋

「銀座ライオン本店でデートすると、一ヶ月以内に別れる」 新橋に本社のある早生の社内では、最近そんな噂が流れていた。 「ライオンの祟り」だの「7丁目には戦前墓地があった」だの「米兵と日本人ウェイトレスの心中話」だの「二人の...

ラベルの記憶(サッポロビール)

ラベルの記憶

 なぜ、瓶ビールを絵の題材に選んだのか、今となっては分からない。きっと、「サッポロビール」の片仮名以外全てアルファベットで埋め尽くされたそのラベルの柄が、どこかモダンで大人っぽく感じたのだろう。 自動車修理工だった父はい...

愛玉

 かつて、愛は高級品だった。庶民が手を出せるものではなく、お金持ちだけが買える贅沢な代物だった。 従って、我々が日常生活で目にする機会はなく、過去に愛を所有したことがあるのは、たった一度だけ、結婚したての頃だった。箪笥や...

男と女が再びホテルで会う理由

「最後もこの部屋だった」 背もたれのひび割れたチャコールグレーのラブソファにバッグを置くなり、女は独り言のように言った。「狭い方が密着できるからいいんだよなんて、あなた」 床よりも物が置いてある面積の方が広いと一目で分か...

奇痒譚

 むず虫。 その奇妙な痒みを感じるようになりましてから、いつしか私はそうした名で呼ぶようになっておりました。 みみずやダニが這いずり回っているとも、ピンや針でなぞられているとも微妙に違う、またおたまじゃくしの卵とか、蜜に...

バレンタイン騒動

バレンタイン騒動

  家が不穏な空気に包まれていることは、帰宅して直ぐに直感した。娘の出迎えもなく、労いの声さえ奥から聞こえてこなかった。こういう時は大抵二人で風呂に入っていることが多いのだが、バスルームの引き戸は開いており電気も消えてい...

謝罪

 馴染みのマンションに到着した時、女とやりとりする為だけに開設したラインは正に佳境だった。階下から見上げると、南東を向いた最上階のリビングの窓明かりの中で、スマホをこちらに向けて小刻みに振る女の様子がぼんやりと見えた。 ...

烏

 無残な光景だった。内容物が露わに飛散している様は、男に何か陰惨な事件を連想させた。どう見ても一羽だけの仕業とは思えなかった。路上の中心まで引きずり出し、やりたい放題やり尽くしていた。少なくとも三世帯分の袋が饗宴に供され...

塗り替え

 その職人が女であることに気付いた時、淳は油断していた。首元の弛んだTシャツにワンサイズ大きなショートパンツの出で立ちでソファに座り、両足を左右に放り出して、浮気相手に投げたお別れメールへの反応を待っているところだった。...