【超短編小説】蕁麻疹

 腹回りの痒みから始まった蕁麻疹は、胸、背中、腕、足、頭皮に至るまで、あっという間に全身に広がっていった。私はいつもどこかしら掻いていた。痒みには波があり、場所もその時々で違っていたが、手が止まっていることはなかった。家にいる時も、仕事をしている時も。
 掻いた場所の皮膚は指の跡が残るくらい真っ赤に変色した。血が滲むこともあった。それでも、掻くのを止めることは出来なかった。夜中は一度掻き始めると自分の意志で止めることは出来ず、そこからはもう眠れなくなった。午前一時の時もあれば、三時の時もあった。布団の上をのたうち回りながら、ぼりぼり体を掻き毟る音で、隣の妻は目を覚ました。それ程大きな音を立てて力一杯私は掻いた。掻けば掻く程、痒みが酷くなることは分かっていた。それでも掻かないで我慢している辛さに比べれば、掻いている間いくらかでも楽になる方を選んだ。
 私はアトピーでもなければ、食物アレルギーでもなかった。それは最初に血液検査でも調べた。原因不明の蕁麻疹だった。皮膚科は何軒も変えた。処方される薬は徐々に強くなっていった。飲み薬も塗り薬も最強のステロイドを使った。しかしそれでも蕁麻疹の痒みが消えてなくなることはなかった。医者もお手上げだった。試せる薬は全て試した。下着に両手を入れて陰茎の根元を掻き毟っている時には、さすがに惨めな気持ちになった。それでも掻かない訳にはいかなかった。
 全身の掻き傷はあばたとなり、やがて色素沈着を起こした。汚い体だった。人様に見せられる身体ではなかった。四十数年の人生の中で、ここまで酷い肌のトラブルを抱えたのは初めてだった。

「困ったもんだわね」と妻は顔をしかめて言った。四六時中目の前でぼりぼり体を掻かれていい気持ちがする筈はなかった。夜中だって何度も起こされているのだから。さぞ目障りだろうと思った。妻には心から申し訳ない気持ちで一杯だった。せめて妻の前だけでも掻かないようにしたかったが、どうにもならなかった。
「原因が分からないなんて、何のための医者なのよ」
 妻の医者への不信感は今に始まったことではないが、蕁麻疹騒動でいくつも皮膚科を渡り歩いてからは、更に拍車がかかっていた。
「蕁麻疹は原因が分からないことの方が多いんだよ」
 これまでどれだけの時間をネットに費やしてきただろう。しかしネットの情報だけではもう原因を突き止めるには限界であり、痒みを止める処方も限界だった。
「じゃあどうすればいいのよ」
「普通はぱっと出てぱっと消えてしまう筈なんだけどね」
「本当に蕁麻疹なの?」
「医者の見立てでは」
「蕁麻疹の治療をしてるのに、どうして良くならないの?」
「俺にも分からないよ。ネットでもさんざん調べてみたけど」
「どれだけ医療費払ってると思ってるのよ。今年に入ってから凄い金額なのよ?」
 それは自分でも承知していた。検査にも随分お金を使った。小遣いを減らされても仕方ないと思った。やっかいなものを抱え込んだものだ。もうやるべきことは尽くした。
「ねえ」
「ん?」
「掻かないで喋ること出来ないの?」
「そうしたいけど」
「掻くから痒くなるんじゃないの?」
「そうだよ」
「じゃあ、掻かないでよ」
「それがどうにも我慢出来ないんだよ」
 耐えられなかった。妻もきっと、耐えられないだろう。妻の苛立ちはそろそろ限界だった。私だって苛立っていた。私はこの痒みそのものに。妻は掻き続ける私の姿を見ることに。
「ストレスが原因だっていうのが多いね」
「ストレス?」
「うん。でも生きている限り、誰だってストレスは多かれ少なかれあるよ」
「そんなにストレスあるの?」
「やっぱりあると思うよ。なるべく感じないようにはしてるけど」
「どんな?」
「どんなって、人間関係とか、慣れない仕事とか。急に環境が変わった時にストレスは感じるよね」
「そんなことあったの?」
「そういうことはちょいちょいあるよ。サラリーマンだし。何がストレスになっているのかなんて分からない。だからといって仕事しない訳にはいかないし」
 妻はしばらく黙っていた。ストレスが原因だとすれば、まずは仕事を止める必要があった。仕事を離れれば、少なくとも仕事からくるストレスからは解放される。ストレスが原因の病気というのは、恐らく山のようにあるのだろう。しかし現実問題として、ストレスを感じないで生活することなど不可能だった。仕事をしないで生活できる財力があれば別だが、殆どの人は仕事をしなければ生活できない。ストレスがなくなれば病状が良くなると分かっていても出来ないのだ。ストレスが原因の病気を発症したら、平民はもうお手上げなのだ。
「あたしが原因なんじゃない?」
 皮肉っぽく、妻は言った。
「まさか」
 ストレスの話をしたのはまずかったと、私は思った。
「あたしがいなくなったら、途端に治ったりしてね」
「いなくなったらなんて言わないでよ」
「ううん、本当にそうかもしれないわよ。試してみる?」
 妻の表情に、冗談の色はなかった。私はどう答えていいのか分からなかった。
「最初から薄々感じていたことなのよ。きっとあたしがストレスになってるんじゃないかって」
「そんなことないって。真由美にストレスなんて感じたことないよ」
「感じてるなんて言えないもんね」
「本当だって。家にいる方が外より断然落ち着くよ」
「あれこれ煩い事言われるのに? あれやれこれやれ言われるのに?」
「それは家の事だし当然だよ。全部真由美に任せっぱなしにする訳にはいかないよ。共同生活してるんだから」
「俺は仕事で稼いできてるんだから家のことくらいやってくれよ、稼いでくるだけで十分じゃないか、俺はストレス感じて仕事して帰ってくるだけで精一杯なんだよ、お前はずっと家にいるんだからストレスなんて感じないんだから」
「そんなこと」
 妻の感情がかなり高ぶっているのを感じた。あまりいい空気ではなかった。
「そんなこと一度も思ったことないよ。ねえ、そんな風に思ったことないって。どうしてそんな風に考えるの。今の真由美には十分感謝してるよ」
「本当?」
「本当だよ」
「感謝してるなんて言われたことない」
「それは、いつも思ってるよ」
「思ってたって、言わなきゃ伝わらないよ」
 言わなくても分かるだろうと言いたかったが、その言葉はまた別の導火線に火を付ける気がして抑えた。
「真由美がストレスなんてことは絶対ないから。そんなこと思わないで。コーヒーでも入れようか」
 私はティファールに水を入れスイッチを押した。そしてスウェットに手を入れて激しく両方の尻を両手で掻いた。猛烈な痒みだった。一度掻き始めると、そこを起点に痒みは放射線状に広がっていった。今まで全く痒くなかったところまで、何故これほど急激に痒みが広がるのか不思議だった。痒みの原因物質があって、掻き出すと倍々ゲームで増殖し、血液に乗って体中に巡るような気がした。コーヒーカップを用意している間も、身体のどこかに爪を立てた。
 妻が蕁麻疹の原因。
 そういうことがあるのかもしれないと思った。仕事、そして妻、この二つがもしもなくなったとしたら、蕁麻疹は本当に良くなるのだろうか。もしストレスが原因だとしたら、仕事を離れ妻と離れれば完治するのだろうか。逆に、そのストレスが今後もずっと存在し続けるのであれば、私は生涯この蕁麻疹から逃れることは出来ない。
 私は妻の側にコーヒーカップを置いた。妻は何のリアクションもせず、下を向いたまま何か考え事をしているようだった。私は一口啜った。食べ物アレルギーが突然発症したとは考えられないだろうか。コーヒーは毎日飲んでいるが、これはアレルゲンなのだろうか、私はスマホを一旦手にしたが、この状況でスマホを眺めることが果たしていいのかを考え直前で止めた。
「実家に帰ろうかと思うの」と妻は思い詰めたように言った。
「え?」
「前から少し考えてたの。しばらく離れてみない?」
「本気で言ってるの?」
「もちろん」
「ちょっと待ってよ」
「きっとあたしが原因なのよ」
「そんなことないよ。それだったら、結婚する前から、付き合ってる時からずっと蕁麻疹出てるよ」
「色んな要因が重なってそうなるのよ、きっと。年もとってるし、お互い。色んなところにガタがきてる。花粉症と一緒で、年をとるにしたがってコップの水が満たされて、今になって溢れ出たって感じなんじゃない? だから後は考えられるストレスを直接なくしていくしかないのよ。そうしないと、お互い駄目になっていくわ」
 妻は決意を固めているようだった。言葉にはこれまでにない緊張感が張り詰めていた。
二の腕の痒みが治まらず、いよいよ妻の言葉が途切れた後で掻き始めた。掻くことは麻薬のようだった。掻いている間は、とても気持ちが良かった。おかしな話だが、掻いている間だけ蕁麻疹であることを忘れることが出来た。掻くことは快楽そのものだった。下手なセックスをするより気持ち良かった。妻にとっては見苦しいことこの上ないと思うが、我慢出来なかった。制止命令を無視して検問を突破する傍若無人な暴走車両のようだった。
「ごめん」
 妻の好きなモカの香りも、今の妻には届かないようだった。
「そうやって体中を掻き続けるあなたが気の毒で気の毒で。ねえ、やってみない? 実際に離れてみて、あたしが蕁麻疹の原因かどうか実証実験してようよ。それで変わらなければ、あたしじゃないということじゃない? 仕事のストレスが原因なら対処の仕方があるような気がする」
 妻のいない生活。妻のいない我が家。結婚してから今までずっと妻と一緒にいるのが当たり前だったので、妻がいなくなるという状況がどういうことなのか想像出来なかった。実家は隣の隣の県だった。車で凡そ四時間かかった。簡単に会えるという距離ではなかった。
「どのくらいの期間?」
「蕁麻疹の様子次第」
「実家は大丈夫なの? 迷惑じゃない?」
「お母さんは助かると思うわ。この間もまたぎっくり腰やったって。もう年齢も年齢だから、家事するのも辛くなってきてるのよ。お父さん何もやらないから」
「そうなんだ」
 この辛さから解放されるなら何でも試してみたかった。もう薬ではどうにもならなかった。手は尽くしてきた。後は、ストレスを軽減するしかないと思っていた。しかし、仕事を止める訳にも妻から離れる訳にもいかないと思っていたので、この妻の提案には正直驚いた。
「真由美がそういうなら試してみようか。間違いなく寂しいし、不自由すると思うけど」
「そんなことないわよ。煩いのがいなくなって蕁麻疹も治って、せいせいするんじゃない?」
「そういう言い方、止めようよ」
「じゃあ、明日から」
「そんなに早く?」
「蕁麻疹、辛いでしょ?」
「それはそうだけど」
「ストレッサーはいなくなりますから」
「ストレッサーて」
「お元気で」
 妻は何だか楽しそうに見えた。確かに最近実家に帰っていなかったから、両親と会えるのは楽しみなのかもしれない。たまにはそういう時間もないと息が詰まるだろうなと思った。我が家には子供がいなかった。授からなかった。一人で家にいる時間が長く、夫が帰ってきても体中掻き毟っているのでは気も病むと思った。お互い、気分転換にはいいのかもしれない。
 
 翌日、妻は電車で実家に帰った。「何かあったらLINEして」とLINEに入っていた。ストレスになるだろうからこちらからは連絡しない、とも。
 実際に妻がいなくなってみると、案の定寂しかった。家に妻がいるのが普通だったので、帰宅時、家に明かりも温かさもないというのが不思議だった。「誰もいない」ということが玄関を開ける前から分かった。鍵を開けて中に入ると、実際誰もいなかった。「ただいま」と言っても、何の反応もなかった。
 私はビールをコップに注ぎ、まだスーツを着た状態でぐびりとやった。こんなことは、妻がいたら決して出来ない行為だった。自由とはこういうことなのかと私は思った。スーツを脱ぎ、血の付いた下着をお湯で流してから洗濯機に放り込んだ。相変わらず酷い体だった。
 洗濯機に洗濯物を放り込んだだけではいつまでも洗濯は始まらなかった。洗濯機の電源を入れ、洗剤を足してスタートボタンを押したが、いつまでたっても水が出てこなかった。元の給水栓が開いてなかったことに気付くまで五分かかった。妻が当たり前のようにしていたことを自分でやろうとすると、実に当たり前ではないことが分かった。
 そのままシャワーを浴びようかと思ったが、身体が温まることで痒みがもっと酷くなることが嫌で止めた。今日一日だけなら風呂なしでもいいだろう。こういうことも妻がいたらありえないことだった。
 それから私は適当に酒を飲み、つまみを食べ、テレビを見て、ネットを見て、最後に久しぶりの自慰をしてから床に就いた。蕁麻疹が酷くなってから、自慰は控えていた。というより、そういう気分にならなかった。性欲の処理どころではなかった。痒みとの格闘が先だった。酒は痒みを増長するとは分かっていたが、それだけは止めることは出来なかった。酒を止めろと言われたら、それこそ痒みに悶絶するだけの生活になってしまう。それこそ地獄だった。ここまで痒くなれば、酒を飲んで痒みが増しても一緒だった。
 妻からのLINEはなかった。私も特にしなかった。明日は休日、眠れるだけ眠ろうと思った。どうせ夜中に何度も起こされるのだ。寝ても寝ても足りなかった。日中もうとうとしっぱなしだった。洗濯も終わり、洗い物も終えた。自分だけなら、朝食など菓子パンで十分だった。そう考えると気楽だった。一人暮らしは毎日こんな感じなのだろうか。気楽この上なかった。何をするにも自分のペースで出来る。誰から指示を受けることもなく、全て自分の判断で。
 私は体中にステロイドを塗り、自然素材のパジャマに着替えて、布団に横になった。それから関心の赴くまま、動画サイトを見続けた。午前一時を回ったところで眠ることにした。
  今日は何時くらいに起こされるのだろうと思った。必ず夜は痒みで起こされた。一度の時もあれば、三度も四度も、ということもあった。寝入っているのかどうかさえ怪しかった。殆ど眠れていない気がした。布団の中で真夜中に一人掻き毟っている時は、発狂したくなる時もあった。ふざけるな、いい加減にしろ、誰に対してという訳でもなく、ただやるせなさで一杯だった。痒みのある部分の皮膚を引き剥がして生ごみと一緒に捨てたくなることもあった。しかしそんなことをしたら、身体の殆どを捨てるようだった。
 眠る前は恐怖で一杯だった。幸い、今日は隣に妻はいなかったので、どれだけ強く掻いても気を使うことはかなった。好きなだけ掻き毟って良かった。それだけが救いだった。電灯を消して目を閉じた。LINEが来ていないことを確認し、私は目を閉じた。

 翌日目が覚めた時、既に8時を過ぎていた。いつになく、すっきりした目覚めだった。腕の辺りに痒みを感じたが、大した痒みではなかった。というより、夜中に一度も痒みで目覚めていないということに気が付いた。朝まで熟睡できたのだ。こんなこと、いつ以来だろう。瞼に痛みも重みもなかった。頭もすっきりしていて、視力が良くなったのかと思う程、遠くの物が良く見えた。
 私はパジャマを脱ぎ、鏡に体を映した。特に目立つ発疹はなかった。夜中、無意識のうちに掻いたという痕跡もなかった。痒みが出ずに眠れるということがこれほど嬉しいことはなかった。これほど目覚めのいい朝を迎えることは暫く経験していなかった。色素沈着が進み、痒みの後が体中にどす黒く残ってはいるが、今朝は皮膚の盛り上がりも赤味もなく、私としては大躍進だった。たった一日で、妻がいなくなったことで、これほど目に見えた改善があるとは想像もしていなかった。もちろん、妻がいなくなることと改善の開始がたまたま同じタイミングだっただけかもしれないが。
 私は嬉しさの余り「夜中一回も起きずに、朝までぐっすり眠れた」とLINEを入れた。送った後で、もっと配慮すべきだったと直ぐに後悔したが遅かった。
「これで証明されたじゃない」
 私は直ぐに肯定しなかった。たった一日そうだったからといって、それは分からないよと返信した。これから酷い痒みが、いつも通りの痒みが待っているかもしれないと。
「私なんていない方がいい。あなたにストレスしか与えていない」
 そんなことないよ、と私は否定した。
「誰も文句言う人いないからいいでしょ」
 何を言っても、妻は言い返した。私は背中を掻いた。たまたま無意識のうちに手がいってしまった。特に背中が痒い訳ではなかったが、一度掻き始めると、もう止まらなかった。スマホを放り投げて、私は両手を使って背中を掻いた。背骨と骨盤を結ぶ骨の周りに扇状に爪を立てた。真っ赤に血が滲んでいるだろうことは容易に想像がついた。にきびのようなものに爪を引っ掛けた。しまった、と私は思った。ティッシュをその場所に当てて見ると出血していた。爪を立てたら出血することは分かっていた。しかしそれでもやってしまうのだ。掻かない訳にはいかなかった。さっきまで全く平穏だったのに。妻とLINEし始めてからそうなったことを考えると、妻の言っていることは本当なのかもしれなかった。物理的に側にいるかいないかではなく、妻を意識することで痒みが引き起こされるのかもしれない。
「痒いの?」と妻は聞いた。見えているのかと、ぞっとした。
「いや大丈夫だよ」
「嘘つき。きっと私とLINEし始めたから、急に痒みが出たのよ。これではっきり分かったじゃない。蕁麻疹、完治するといいね」
 その言葉を最後に、妻からのコメントは切れた。LINEと同時に、痒みも引いた。妻と蕁麻疹が密接に関係していることは、ほぼ間違いない。しかしそれが分かったところで、どうすればいいというのだろう。妻と相対すると蕁麻疹が発生するということは、妻と一緒にいられないばかりか意識することも出来ないということだ。妻は一体どうするつもりなのだろう。このまま帰ってこないつもりなのだろうか。
 私は妻にLINEで電話を入れた。
「何よ」と妻は直ぐに電話に出た。
「帰ってこないの?」と私は聞いた。
「帰ったら、蕁麻疹酷くなるじゃない」
「いや、でもそうしたら、いつまでもこの状態?」
 私は頭頂部のぴりぴりした部分を強く掻いて言った。
「それの方がいいでしょ」
「いい訳ないよ。ねえ、本当に帰ってこないつもりなの?」
「自分のせいで蕁麻疹になるって思ったら帰れないじゃない」
 私は即座に否定するべきだった。結婚生活が、蕁麻疹ごときに壊されてはいけない。我々の絆はその程度のものだったのだろうか。もっとも、これは自分の問題だった。妻は決して悪くなかった。彼女は何もしていない。蕁麻疹は自分の問題であって自分でどうにかしなくてはならなかった。妻がいなければいいという話でもないし、蕁麻疹が良くなるからと言って、いつまでも今の状態でいい筈もなかった。これが半年、一年、いやもしかしたら、このまま一生離れて暮らすことになるのかもしれないと思うと、それはそれでストレスだった。
 これまでどれほど妻に頼っていたのか、一人になって良く分かった。蕁麻疹の痒みは確かに辛いが、一人で生きていく方がもっと辛いだろうと思った。もちろん、妻のことを疎ましいと思うこともあったが、かといって、妻と離婚したい、一人になりたいと思ったことはなかった。最終的にその選択は後悔することを知っていた。私は妻がいないと駄目なのだ。蕁麻疹と妻を比較することは出来なかった。一生妻がいなくなるくらいなら、一生蕁麻疹の痒みと闘いながら生きる方がましだった。そこまで妻のことを求めていた自分に、我ながら驚いた。
 一週間、二週間、そして一か月が過ぎた。妻からのLINEはなかった。私もLINEしなかった。一人暮らしは全く慣れなかった。食事は自分で作ることなく、全てスーパーの総菜や冷凍食品やインスタントで済ませた。仕事で疲れると、食事もとらずに寝てしまうこともあった。酒を飲んでいても、何も楽しいことはなかった。話し相手のいない食事ほどつまらないものはなかった。なんだかんだ文句を言い合っていても、相手がいる方が食もアルコールも進み張り合いがあった。
  休日は何もしたいと思わなかった。家から一歩も出ずに、テレビを見たり、動画サイトを見たりして一日を過ごした。そして眠くなったらそのまま眠った。一日が長かった。こんなことなら、会社で仕事している方がましだった。家にいても余計に疲れた。蕁麻疹が治まっていることと引き換えになるものが余りにも多すぎた。そもそも妻を失ったことが。
 妻は私がいなくても平気なのだろうだろうか。実家なら、両親が温かく受け入れてくれる。ここにいたって、ぼりぼりと体中を掻いている冴えない男の姿を見るだけだ。しかもその原因が自分にあるとしたら、誰だってここにいたくないと思うのが普通だろう。せめて子供さえいてくれたら少しは慰めにもなっただろうに。

 再び発疹が出始めたのは、妻が家を出て丁度二か月が経過した頃だった。嫌な予感がした。発疹は最初の出始めと同じ、腹だった。以前掻き毟った際の皮膚の変色が残っている場所だった。発疹というより、地図上の赤い丘疹が立ちどころに広がっていった。掻かないように我慢していても、その地図は広がっていった。掻かないで済む訳にはいかなかった。私は居間にのたうちまわった。脛をテーブルの足で擦った。背中は関節の限界がくるまで腕を回した。関節が外れるかと思うくらいに。背中を思い切り掻いた後は、肩の関節に痛みが残った。それくらい、手の届かないところがない所まで余すことなく痒みに爪を立てた。
 それからは何をやっても駄目だった。残っていた飲み薬と軟膏を使ってみたが、以前から効かない薬が効く筈もなかった。医者にいくつもりはなかった。もう手は尽くしたのだ。これ以上、医療に使うお金はない。
 私は妻にLINEを入れた。一か月も間が空くと、電話するのは躊躇われた。どう話していいのか分からなかった。現状を率直に文章で伝えた。妻がいなくても蕁麻疹が再発した旨、妻のせいではなかったことを私は強調した。前回蕁麻疹が止まったのは、正に偶然だったということを。その証拠に、今再発した蕁麻疹に、妻の関与は全くないのだから。
 既読は夜になってようやく付いた。「酷いの?」と妻は返してきた。
「前に戻ったよ」と私。
「私のことでも考えていたんじゃないの? そんな訳ないか」と妻。LINEだと、どういう顔をして言ってるのか分からないので、私は想像するしかなかった。しかしこの問いへの回答は難しかった「考えていた」と言えば原因は妻だとなってしまうし、「考えていない」と言ったら妻と二か月も離れているのに何て冷たい男なんだと思われる。
「そうかもしれない」
 私は断定せず逃げた。それからしばらく間があった後で電話が鳴った。
「一人暮らしはどうですか?」
「寂しいよ。確かに蕁麻疹は治まってはいたけど、これまで真由美にどれだけ頼っていたのか良く分かったよ」
「ふうん」と妻は言った。
「洗濯さえまともに出来なかった」
「やったことないもんね、洗濯なんて。食事もちゃんととってなかったでしょう? 総菜買ったりインスタントラーメンばかり食べたり」
「どうして分かるの?」
「分かるわよ。何年一緒にいると思ってるのよ」
 二十年。私は心の中で数えた。厳密に言えば、十九年だった。銀婚式は二十五年だが、さて「二十年」という節目には何かイベントはあっただろうか。
「戻ってこない?」と私は言った。「やっぱり一緒にいて欲しいよ」
「蕁麻疹、治らないわよ?」
「真由美のせいじゃないから。蕁麻疹とはしばらく長いスパンで付き合っていくしかないのかなって。内臓に異常がないだけましだよ。もう俺たちくらいの年になってくると、どこかしらがたがくるのが普通だから」
 妻は黙っていた。ざあというノイズが聞こえた。私も黙っていた。やはり今の状態が続くのは良くないと思った。蕁麻疹で夫婦関係が駄目になるなんて悔しかった。駄目になるには、余りにもつまらない理由だった。妻がいてもいなくても蕁麻疹は関係なく表出する。対処しようと思うことがストレスなのだ。癌と同じで、生涯付き合っていくという覚悟を決めてしまえば、それほど怖いものではない筈。生死にかかわる癌よりは余程ましな気がした。
「あなたがいいならいいわよ。でも、また酷くなっても知らないから」
「大丈夫。我慢するから。不快な気持ちにはさせないようにするから」
 妻は週末にも戻ることを約束してくれた。私はほっとした。いなくなって初めて気付く妻のありがたみ。二か月が限界だった。生活が荒めば荒むほど、蕁麻疹がより酷くなることは自明だった。肌にとっていいことは何もなかった。いや、今は蕁麻疹のことより、妻のことだった。人生を共に過ごすという決心をした人と離れて暮らすということの不健全さ。蕁麻疹によって崩された日常の安寧を早く取り戻さなければならない。痒みと共存しながら。

 妻が戻り、生活が戻った。妻がいないことで停滞していた二か月間の時間を戻すことから妻は始めた。全ての部屋を入念に掃除した。切り花の水を替え、ベランダで日を浴びせた。調味料や野菜、乳製品など、日常的に採っていたものは、適正な在庫になるまで買い足した。一月の間に届いた郵便物を整理した。アイロン掛け待ちの服の山は、瞬く間になくなった。妻がいると、何もかもが効率的に首尾よく処理された。
 不思議なことに、妻が戻ってきてから三日程経つと、蕁麻疹の痒みはなくなっていた。体中に出来た赤味やぶつぶつした湿疹は消滅した。薬は何も使っていなかった。妻が帰ってきただけで蕁麻疹は軽減した。
 光明だった。私は本気で、もうこれ以上蕁麻疹に悩まされることはないのではないかと思った。何が作用したのか分からなかった。
「すごく綺麗になったわね」
 妻は風呂上りの私の背中を見て言った。
「痒みを感じることが殆どなくなったんだ。不思議だけど」
「わたしがストレスじゃなかったってこと?」
「真由美がストレスだなんてことは最初からないよ。真由美がいない方がストレスだったんだよ。これではっきり証明されたね」
 私は腕を見せながら言った。酷い時は点在する群島のようにぼこぼこ腫れ上がっていた腕は、今では色素沈着の名残だけが残っていた。掻かなければ、いずれはそれも綺麗になっていく筈だった。
「次、シャワーどうぞ」
「ねえ、ちょっと背中見てくれる?」
 妻はスウェットを脱いで背骨の辺りに手を当てた。
「どうなってる?」
 ブラジャーのホックの下あたりから腰にかけて、蚊に刺されたようなピンク色の発疹が、まだらになって散らばっていた。
「凄く痒いの」
 蕁麻疹に間違いなかった。もう自分の身体で何度も見たものだった。しかし、私は直ぐにそう答えることが出来なかった。まるで自分が感染源になってしまったような申し訳ない気持ちで一杯だった。妻は背骨から脇腹にかけて、ぼりぼり掻いた。
「掻いちゃ駄目だって分かってるけど、もう痒くて仕方ないのよ。あなたにあれだけ言ってたくせにね」
 まだらだった皮膚の膨らみは、今妻が少し掻いただけで、みるみる面で繋がり広がっていった。この後どのような状態になっていくか、私には当然良く分かっていた。
「どう?」
妻は掻きながらもう一度催促した。
「掻いちゃ駄目だって」
「痒いんだもん」
「多分、蕁麻疹だよ」
 妻は無表情だった。ただ背中の痒みと格闘していた。
「あなたが治ったと思ったら、今度は私なのね」
 妻はそう言って、鏡に背中を映そうと振り返ったが、うまく患部まで映し出すことは出来なかった。妻は溜め息をついた。これ程大きな妻の溜め息を聞いたことは初めてだった。
 鏡の中の妻は私をじっと見ていた。その目はうつろだった。何かを言いたそうだった。私もどんな言葉をかけてあげたらいいのか分からなかった。私と違って、妻の蕁麻疹はあっという間に消えてしまうものなのかも知れなかった。普通は、直ぐに消える蕁麻疹の方が圧倒的に多いのだ。突然現れて、突然消える。妻の背中の蕁麻疹はそうであって欲しかった。しかしそれは私の願望でしかなかった。
 来年で結婚二十年。二十年目は「磁器婚式」というらしかった。だからどのような祝いをすべきなのかの示唆はなかった。どうして良いのか分からなかった。そもそもその祝いが必要なのかどうかさえ。
 結局、この二十年で解決されたものは何もなかった、ということなのだ。(了)

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