レイモンド・カーヴァーの衝撃。

レイモンド・カーヴァーというアメリカの小説家(詩人)が偉大なのは、一見誰でも書けそうな平易な文章に見せかけて、実は誰にも真似できない妄想の余白が巧みに組み込まれていることです。

これは一度読んだことがある方なら、彼の文体はとてもわかりやすくて平易だと気づくはずでしょう。扱っている題材も、日本でもごく一般的にみられる日常の風景が主であり、すっと作品の世界に入っていけます。

僕が最初にカーヴァーの小説に触れたのは、「レイモンド・カーヴァー傑作選」(訳/村上春樹)。若い頃、村上中毒に陥っていた時、彼の著作を漁っていて目に留めた書でした。

最初の「でぶ」という短編を読んで、僕はのっけから頭を瓶で殴られるくらいの衝撃を受けました。内容はなんてことはありません。お店に一人の「でぶ」の男が来店する。注文の仕方や口調もどことなく可笑しい。ウェイトレスの若い女が彼の対応をし、その顛末を同僚の恋人に伝える。最後に、ベッドを共にする際、女は自分がでぶになったような錯覚に陥る。ただそれだけの話なんですね。

「だから、何?」と言ってしまえばそれまでです。
往々にして、カーヴァーの作品はほとんどが短編であり、それほど物語も劇的に展開しないし、心の深淵を掘り下げていくような描写もない。ただ、淡々と、シンプルな言葉だけでスナップ写真のように物語を書き留めていきます。

しかし。しかし、なんです。
頭一杯にどんどん増殖していく妄想は何?
ありありと浮かぶ物語内の光景は何?
そして、表現できない、この何とも言えない余韻は?

レイモンド・カーヴァーとはそんな作家です。
僕の小説を書くにあたってのモチベーターとして、最も大切にしている作家の一人です。

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