仕事や家事に忙殺されて、書く時間が全く確保できない時期がある。
正に今の自身の状況である。
それがあまりにも長期に渡ると、言葉も忘れていくし、感覚も鈍るし、とても不安に感じてしまう。
しかしそういう時はこう思うようにしている。
「今は書く時間より、もっと大切な“経験”をインプットいるのだ」と。
それが「いつか書く」小説の厚みと深さを必ずや増すものだと信じて。
時に学生や独身のライターがうらやましく思う時もある。
膨大に有り余る自分自身の時間を、全て書く時間に充てられる、ということが。
しかしこれについても、こう思うことにしている。
「限られた時間を有効に使うことができない人間が、膨大に有り余る時間など使いこなせるはずがない」と。
僕が小説を書き始めたのは大学生の頃。
ではその頃、暇な時間を、全て小説を書くことに費やしていたか、と問われると「否」である。
むしろ、結婚し、子供が生まれ、仕事も新人から中堅へと忙しくなってきてからの方が、一日三十分だけでも「この時間しか書けないのだから」と強く意識するし、集中もする。
結局、人間は「ないものねだり」な生き物なんだなあ、としみじみ思う。