頑張れ!「本屋」さん

最近、「電子書籍で僕の小説は読めますよ」というと、「リアルな本は出してないのか?」と言われる。
いや、リアルな本を出せるのは、普通はプロの作家であって、素人作家の本がリアル書店で並んだり、amazonで販売されるということはない。
もちろん、今は「自費出版」できる時代だから、製作費を自分で持ちさえすれば、本を作り、書店に並べる(一定期間)ことはできるけど、小部数であってもそれ相応の費用がかかるので、個人ではリスクがある。(まあ、作ることを目的とすれば作れないわけじゃないけど、自己満足で本を作っても・・ね^^;)

電子書籍を販売してていうのもなんですが、やっぱり携帯とかPCで読む「電子本」は何かが違う。

例えば「太宰治」の小説をリアルな文庫本で読むのと、webの青空文庫で読むのとでは、同じテキストの印象が全く違う。これは何なんだろう、と。

リアル本には、まず本そのものを手にしているんだ、手中に納めているんだ、という「触感」や「安心感」がある。太宰の言葉が一杯詰まった本を抱きしめて眠ることもできるわけだ。文庫で紙を一枚ずつめくるわくわく、ドキドキ感。1ページがまとまって視覚に収まり、一章の「長さ」がページをまとめて持つことによって厚みで測定できる、ボリュームの把握。「しおり」を挟んだところから、ぱっと読める読みやすさ。

それから、インクとか紙の匂い。嗅覚の動員。昭和の香りを感じながら、太宰の世界に浸れる。

こうした五感的なものを総動員した上で、テキストに書かれている以上の想像や空想を余白上に広げていく感覚が正に読書の醍醐味、特に読み手に「考える」ことを要請する「純文系」ではなおさら…

ということを最近特に強く感じている。

電子書籍には電子書籍ならではの特徴や強み(一瞬で違った世界を表現したり、音楽や映像とも融合できるハイパーメディア性?)があるわけであり、現行書籍全てが「電子化(pdf化?)」されたらそれでよしということはなくて、電子化に向くものと向かないものに分かれていくのかな、と。

友達も「大好きな「マンガ」は絶対に手にとって読みたい。電子書籍じゃリアル本の満足感は得られない」って言ってたし。

そういうニーズがある限り、リアルな書店がなくなる、ということはない気がする。もちろんリアル本の販売総額は落ち続けるかもしれないけれど、「売り方」と「見せ方」、「専門性」、他産業とのアライアンスなど、いろんなビジネスモデルでまだまだ充分個店でも勝負できるドメインは残されていると思う。

要は、太古より脈々と続いてきた「紙文化」の良さをどこまで理解できるか。あら、何だか今日は随分コンサルチックになってしまった(-_-;)

とにかく、本屋さん、頑張れ!(web作家が言うのも変か…^^;)

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