結局「高橋熱の短編小説」って、どんな小説なの?

マスクしっぱなしのお陰で、今年の花粉症、かなり具合の良い高橋熱です。
新型コロナの関係で、本来なら年度末で昼も夜も忙しくなるはずが、会議や懇親会の中止や延期が多くなって少し手が空いたこともあり、ものを書く時間が取れてきました。世の中的には緊迫した状況は依然続いていますが、僕的には気持ちにむしろ余裕が生まれ、また全集をまとめた直後ということもあり、これまでを振り返ってみるいい機会かと思ってます。

そこで今回は、検索エンジンでたまたま当サイトのリンクを踏んで「高橋熱」という人間を知っていただいた方の為に、僕が書いてる小説がどんなものなのか、端的に知っていただけたらなと。「自称、○○です」と僕自身でアピールするのではない方法を考えていて思いついたのが、これまで読んでいただいた方の「感想」を見ていただくののはどうかという思いに至り、自著についたamazon読書メーターなどの「レビュー」を内容別にまとめてみたのが以下です。

「読書方法・読みやすさ」について

・ちょっと何かを読みたい時に丁度いい量の作品
・ちょっと一息の時、短時間でサッと読める短編
・一気に読ませる短編
・空き時間の読書にちょうどいい
・休憩時間や就寝前などの空いた時間にさらっと1、2編読むのに最適
・プロ野球中継の攻守交替の間にチラチラと読了

「評価」について

・レベルの高いショートショート
・中高年男性におすすめ
・独身の人には、この本の面白さはわかりにくいかもしれない
・純文学の系列
・若い方向けではない
・夫婦やパートナーの双方が読むとよいかも

「文体」について

・文章そのものに知性
・文体がとっても魅力的
・器用な筆致
・中々、詩的
・独特の雰囲気で表現

「内容」について

・それぞれの短編の作風が、後味が、バリエーションに富んでいる
・生活圏内のニッチなストーリー
・奇妙な感じの話
・ありそうでない、なさそうでありそうな日常を連想させる
・リアリティー。嘘臭くない
・夫婦にしかわからない日常に潜む違和感
・諦めきれない焦燥・冷たい情熱・拭いきれない虚無感・壊れかけている空虚感
・よくある日常が不可思議に歪んでいく
・不思議な話、怖い話、心温まる話
・ミステリなのか、ファンタジーなのか、そのくせ生々しいリアリティ
・人の心の表と裏、家庭と不倫相手と過ごす時間が上手く描かれている
・最後には若干の希望が見えてくるんだけど、そこに至っても、気分が変わっただけで、実状は何一つ変わっていない

「読後感」について

・何とも言えない切なさ
・最後に変なせつなさが残って印象的
・モヤッとした感じ
・笑ウせえるすまんみたいな雰囲気
・良くも悪くも、解決法と結末が見当たらない
・せめてもう一度、人生に花を添えたいなあ、でも現実はそう簡単にいかなくて妄想で終わる
・「青虫」は突出。モチーフは気味悪いが著者のセンスを感じる
・共感できる境遇に、非日常が加わって、面白い物語
・奇妙な設定だけれど、逆に現実をリアルに感じさせる
・結末もなかなか予想通りにいかなくて,寧ろそれが面白い
・人間関係を追い詰める
・その先を想像するのが怖い
・非日常を体験して初めていろんなことに感謝出来るのかも
・今まで読んだことのないようなお話
・人が狂気というものを理解するとき、このような世界や境が見える

「その他」

・ショート・ショートの問題は一日一遍ずつ読むには短すぎ、一気に読むと印象が混じり合ってしまう
・成人向けのようなタイトルが損をしている印象
・題名と中身はちょっと違う
・イッキ読みするよりチマチマ読んだ方がいい
・育児経験がないからそうなのか、よく分からないがイマイチ話に入っていけなかった
・真骨頂はやはり短編集。「超短編」読後にやや物足りなさ

いかがでしょうか。
小説を読まずして、「高橋熱」の小説のおおよその特徴が分かっていただけたでしょうか。
超短編ばかりですから、当サイトで公開している小説のどれか一つでも読んでいただけると、直ぐにご理解いただけるかとは思いますので是非。

「レビュー」をいただけるのは、率直に嬉しいです。自分の書いた物がどのように読まれ、どのような印象を持ってもらえたのかを「客観的」に知ることは、次作を書く励みになるのはもちろん、これから自分は誰に対してどんなものを書いていくのか、立ち位置や方向性を定めるのにはとても参考になります。

「小説」は音楽や美術とは違って、「言葉のみ」を駆使した創作です。言葉である以上、そこには発信者の「意味」があり「意図」があり、またそれを受け取る「読み手」が必ず存在します。言葉はコミュニケーションツールです。一方通行は存在しません。なので、僕の書く小説も、必ずどこかにいる「読み手」を想定し、その「読み手」にどう感じてもらいたいのか、どうなってもらいたいのか、あれこれ想像して書いてます。「自分だけ満足すればいい」という独りよがりな文章だけは書くまい、と常に自問し、肝に銘じています。

人生で出会える小説など、世界全体からみたら、ほんの一部なんだろうと思います。それでも、何かの縁があって「高橋熱の小説」に出会い、人生のわずかな部分をその小説に割いていただくことで、それが一瞬、一時でも、その人の嫌な気持ちを紛らわせたり、癒したり慰めたり、勇気や元気を与えられたりすることができたとするなら、「高橋熱」という存在が、いくらかでもこの世の中で役に立ったのだという存在理由になるのかなと。とてもささやかなことかもしれないけれど、でもきっと人生なんて、そんなささやかな幸福の積み重ねでしか成り立たないのではないかと。年を経れば経る程、このささやかな、ということがとても大切で愛おしく感じるようになってきました。

全集を一区切りとして、ささやかな「誰か」の幸福のために、またこれからも末永く書いていきますので、引き続き、よろしくお願いします。

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