(息子)ねえ、パパ、あの人たちは何をしているの?
(父)あれは、「ゴルフ」っていうスポーツなんだよ。長くて堅い鉄の棒を使って、小さなボールをひっぱたく。最後に、穴に入ればゴールさ
(息子)穴に入ればいいなら、打たないで、持っていって入れちゃえばいいんじゃない?
(父)おいおい、それじゃゲームにならないよ。早く持っていって穴に入れた方が勝ちってんじゃ、足の速い人がいつも勝っちまう
(キャディ)「ファ、ファアアアアア」
(息子)なんでわざわざ棒で打たなきゃだめなの?
(父)人間てのは、簡単なことをわざと難しくして喜ぶ変な動物なんだ
(息子)ふうん。わぎゃ
(父)わお、大丈夫?
(息子)ひゃあ、びっくりしたぁ。もう少しでぶつかるとこだった
(父)全く、穴は向こうだぜ。どう打ちゃこっちくるんだよ、下手糞
(息子)今のは下手糞なの?
(父)ああ、下手糞さ。あの向こうに、芝の薄いミステリサークルみたいなところがあるだろう? そうそう、あの旗が立ってる下が穴のあるところなんだ
(息子)ボール、かなり深くもぐってるけど、見つけられるかな?
(父)人間の眼力は芝の上だと飛躍的に向上するらしい。どんなに隠れていたって、勝負に勝つためなら見つけるもんさ
(息子)あ、誰か走ってきた
(父)気をつけろよ。あの棒でひっぱたかれたら、ひとたまりも無い
(息子)あの人、汗だくだね。顔も服もぐっしょりだよ。なんであんなに一生懸命なの?
(父)きっと、偉い人のボールなんだろう。人間の世界では、偉い人は絶対なんだ。偉い人には逆らっちゃいけない。逆らったら、自分がどうなっちゃうか分からないからね。自分だけじゃない、家族もさ。人間の生活って大変らしいよ。我々みたいにその辺に餌があるってわけじゃない。お金がないと、ものが食べられないんだよ
(息子)お金?
(父)ああ。食べ物に替えることのできるものさ。そのお金を手に入れるために、偉い人に逆らったりしちゃいけないし、その人の言うことを聞いて、言われたとおりに動かなくちゃいけない。たくさんの汗を流してでもね
(息子)大変なんだね。自分で食べ物作ればいいんじゃない?
(父)もちろん。でも、他に着るものも買わなくちゃいけないし、住むところも買ったり借りたりしなくちゃいけないし、遠くに移動するために「車」なんてのも必要なんだ。それには、お金がたくさんいるのさ
(息子)僕たちみたいに、いつも裸で、いつでも食べるものがあって、葉っぱの下で雨風をしのげればいい、って訳じゃないんだね
(父)そういうこと
(息子)あの人、捜すの諦めたみたいだね。あ、自分のポケットからボールを出して、「ありました!」なんて言ってるよ? しかも、かなり穴の側まで転がした
(父)言っただろう? 偉い人は絶対なんだよ。「なかった」なんて結論、あってはいけないのさ。みてごらん、こっちに向かって歩いてくるよ。とっても偉そうだろう?
(息子)本当だ。偉そうだね。パパよりずっと偉そう
(父)お前のパパは謙虚だぞ。あんな人間たちとは質が違うよ
(息子)さっきの若い男の人、芝生の上で倒れちゃったみたいだね
(父)この暑さだからね。きっと脱水症状でも起こしたんだろう
(息子)誰も助けようとはしないんだね
(父)助けるわけないよ。潰れた方が負けさ。ライバルが一人減れば、それだけお金をたくさんもらえるチャンスが増えるんだから。
(息子)そうなんだ。ちょっと可哀想
(父)大丈夫。お手伝いさんが無線で連絡してる。死にはしないよ。
(息子)命がけのスポーツなんだね。ゴルフって
(父)ある人にとってみればそうなのかも。さて、そろそろ家に帰ろう
(息子)うん。あ、この埋まったボールはいいの?
(父)問題ないさ。次に見つけた人が拾って、また使う
(息子)リサイクルだね
(父)よし、久しぶりに家までおんぶしていってやろう
(息子)わあい。ゴルフなんかよりこっちの方がずっといいや
(父)いくつになっても可愛い子だね、お前は
(キャディ)AED! AED!
(ゴルファーA)ナイスバーディ! あのショットからバーディだなんて、石川遼もびっくりですね
(ゴルファーB)本当にミラクルですねぇ。今後の御社の未来を象徴してるようなショットでした
(ゴルファーC)そうかね? ドライバーショットがロストにならんで良かった。うん、うん、あの三十ヤードの寄せ、最高だったろう? このボールにはツキが・・・あれ、このゼクシオ、古いな。新発売の奴をおろしたはずなんだが
ショウリョウバッタの親子は、深いラフに埋もれたぴかぴかのゴルフボールの上でしばらく休憩した後、母の待つ7番ホールのグリーン奥へと、仲良く飛び跳ねて行った。