僕の小説の書き方

まずはあらあらのプロットが固まったら、一気に小説の骨格部分を書いてしまいます。

この時点ではあまり細かい言葉や表現は気にせず、あらすじに沿って要諦だけを押さえることに終始する感じです。
やや過剰かな、と思えることがあっても、まずは無視してひたすら話を進めてみる。
絵画で言えば下絵のスケッチみたいなものです。
ひとしきり書けたら、次に文法や言葉、前後の文章のつながり、読み手のリズムなどを少しだけ気にしながら、更に細かい部分を書き足していきます。

さて、ここからが本当の意味で僕が一番大切にしているところです。

第三者の視点に立って(一度頭の中を真っ白な状態にして)一から文章をじっくり読み返し、過剰な部分、自分勝手に突っ走ってる部分、明らかにストーリーには不要な部分、言葉にひっかかりや違和感を覚える部分を徹底的にチェックし、問答無用で描いた言葉を切り倒し、修整していく。

僕はこの作業を特に大切にしています。自分の書いた文章を、いかに潔く「捨てられるか」。一度書いた文章を削る、というのは、実は「度胸」と「勇気」がいるものです。表現し「見える化」した以上、そこから言霊は立ち昇り、既に愛着が湧いてしまっているからです。

しかし、そうした独りよがりの「愛着」が、致命的に「小説」を駄目にしてしまうこともあるのです。これは今までに何度も僕がこのブログで言っている通り。だから僕は容赦なく、削る、そして、削る。
この作業において、最初に書いた文章ボリュームの3割は削減されます。冷徹な視点での徹底した校正作業。小説のブラッシュアップ。これを何度となく、納得するまで繰り返すのです。

それでも、小説はいつまでも完璧にはなりませんし、書く度に印象が変わり、文章も変わる。少し時間がたって読み返してみると、また手直しを加えたくなります。

これは自分の実力がその程度ということなのかもしれませんが、だからこそ「小説を書く」という作業は楽しいと思っています。完璧な文章は書けない、分かっているからこそ、だから悔しくて、そこに一歩でも二歩でも近づきたくなる。書く度に変わってしまうから、刺激的でもあり、虚無でもあり。

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