小説のアイデアを枯渇させない為に

 年を経ると、「新しいアイデアや発想が枯れてくる」と言いますが、これは一体なぜでしょうね。
 それを考える時、僕は脳の働き方が関係しているのではないかと思っています。「右脳」と「左脳」の機能の違いについては良く引用されるので、知っている人も多いと思います(最近では異論もあるようですが…)。

■「左脳」と「右脳」の違い

 「左脳」は物事を「論理的」に理解したり、組み立てたりする作業領域で、物事の把握には時間がかかります。例えば、人の名前を覚える、という作業はこちらの脳の仕事です。一方、右脳は「直感的」に物事を捉える領域で、直感的であるが故に処理スピードが速い。名前を思い出せなくても、人の顔を見て「この人知ってる!」と一瞬で理解するのはこちらの脳の働きです。

 「小説を書く」という行為は、「左脳」領域の仕事です。「言葉」という、それぞれに意味のある単語を、ある一定のルールに従って繋ぎ合わせて「文章」を作り、リズムや読みやすさを考慮しながら矛盾なく繋ぎ合わせて、作者の意図する物語を構築していくという作業です。

 また、「小説を読む」行為も、「言語」の理解から始まって、前後の文脈から物語をイメージし、把握しようというものであり、これも主に「左脳」がフル回転する仕事かと思われます(それによって生み出されたイメージ、想像を膨らませたり、自由に展開していくことは、右脳の仕事かもしれませんが)

 しかし、「小説のアイデアを着想する」ということそのものは、直感的なひらめきであり、日頃「右脳」をいかに意識的に「活性化」させているかによって、アウトプットが変わってくると思っています。

アイデア発想■「右脳」の停滞

 少し個人的な話ですが、自身の仕事(物書きの方ではなく、サラリーマンとしての仕事)では、この「右脳」を意識的に活性化させるような仕事は、僕の場合ほとんどないといっていい。顧客対応やメールを含む事務作業というのは、ほぼ定量的な労働集約的作業であり、規定のテンプレートやフォーマットに従って、データや文字を入力する仕事であり、直感的に何かを発想したり発明したり、あるいは新たな事業や商品を企画するような仕事とは程遠い仕事をしていますので、仕事において、この「右脳を活性化させるトレーニングをする」ことはほぼ不可能だと思っています。

 こうした仕事ばかりに長年携わり、日々に忙殺されていると、右脳を使わずに左脳ばかりで日常を処理するようになり、「論理的に」小説のアイデアを考えようとさえしてしまう、ということになるわけで、突飛な発想や奇想天外なアイデアなどは、「常識」や規定のテンプレートに則った範疇における「論理的思考」の中からは、決して生み出されません。従って、そうした仕事や生活をしていても、アイデアがぽんぽん溢れ出てくるようにするためには、相当「意識的」に右脳を活性化するようなことをしてやる必要があります。

■「右脳を刺激する」

 ということで、僕が個人的に「意識して」やっていることは、クラシック音楽を聴いたり、絵画を見に行ったり、料理を率先してやったりしています。特にクラシックを勉強して知識を蓄えたり、絵画に詳しくなったりするようなことはしていません。それは「左脳」領域の仕事であり、「右脳」さえ刺激されれば僕の目的は達成されるからです。
 ただ、ぼーと音楽を聴いたり、絵を見るだけです。作者が誰だとか、創作の背景とかにもあまり関心ありませんし、関心を持たない方が、ありのままの音楽なり絵を受け止め、他人の評価や先入観なく、自分なりの感覚で膨らませることができますので、むしろ知らない方がいいとさえ思ってます。(もっと欲を言えば、音楽を聴くだけではなく新しい楽器を覚えたり、絵画も自分描いたりした方が、より活性化にはいいかと思いますが、そこまでは中々……)
 料理に関しても、レシピを見て、規定通りに作るというより、自分なりに材料を変えたり、調味料を変えたりして、自分の「料理」として創作するようにしています。

 左右の脳が、それぞれ反対の目や手指に繋がっている、ということもあるので、なるべく、新幹線の座席は「左側」にして、左目で景色を眺めるようにしたり、僕は右利きですが、左手や左の指をできる限り使うようにしたりということを心がけています。

 年を経て、「昔よりアイデアが出なくなった」、あるいは「発想が陳腐になった」と感じているとしたら、まずは「右脳」の活性化を意識的にやってみてはどうでしょうか。

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