「書くこと」と「生きること」は常に同時進行であるべきだと思う。
「書くこと」に没頭し過ぎると「生きること」を忘れる。
「生きること」を忘れると「生きた小説」は書けない。
「生きた小説」が書けなくては、小説を書いている意味などないし、自分にとって「生きている実感」を持つことはできない。
部屋に籠り、自分勝手な妄想にだけすがって生きている「もどき」にだけはなりたくないし、そんな場所で書かれた自慰小説を恥ずかしげもなく人に押し付けるような人間にだけはなりたくない。もちろん、自戒を込めて。
人に触れ、社会に触れ、泣き、笑い、怒り、悲しみ、失望し、傷つき、それでも、愛し愛され。
そして、小説を読み、小説を書く。
自分はそういうポリシーを持って小説を書いている。
書くことは、生きること。
生きることは、書くこと。