ティーグラウンド

ティーグラウンドより愛をこめて

 砲台になったティーグラウンドの遥か彼方に、最終ゴールの旗が見える。下ろしたてのボールにドライバーヘッドを合わせ、肩幅よりやや広めに足を開く。雲の継ぎ目から陽は零れ、名も知らぬ野鳥の囀りが無駄な力みを解きほぐす。男の一挙...

AIコンシェルジュ

AIコンシェルジュ

 駅ビルの一角にある「結婚相談所」のコンシェルジュも、今やロボットに取って代わられていた。時代と共に、人の仕事は次々と人工知能に駆逐されていた。もっとも、夥しい数の結婚希望者のデータベースから、理想の候補者をマッチングす...

欠損

欠損

 台所の一部が、失われていた。正確には、三角コーナー辺りの空間に、三十センチ四方の歪な暗闇が存在していた。僕はそれを便宜上、「欠損」と呼んだ。 欠損は一月前から突然現れ、僕に三角コーナー紛失の不都合を強いた。奇妙な事に、...

不埒な下着

不埒な下着

 洗濯ハンガーにぶら下がり、俺は風に揺れている。陽を浴びるのは一月ぶりで実に心地良い。絹の肌触りと青の光沢、そしてブリーフ特有の密着感を主は気に入ってくれたようだが、勝負下着の扱い故、日常使いのトランクス程出番はない。 ...

布団(短編小説「熟睡」)

熟睡

 何時まで寝てるのよ、と頭越しに妻は怒鳴り、玄関にごみ袋を放り投げた。代休なのに朝寝坊も出来やしない。混線した寝癖を水で撫で付け、ダウンコートを羽織った。一日出し忘れたからといってどうだというのだ。トイレの汚物をドラッグ...

夏祭りの屋台

たくらみ

 夏祭りの夜、少年は、とある企みが気掛かりで中々寝付けなかった。夜中に何度も目が覚めて時計を確認した。早く朝になって欲しかった。いや完全な朝ではなく、夜の終わりくらいの時間に。 4時半。隣に母の気配がないことを確認すると...

タイムカプセル

タイムカプセル

 実家の父親から送られてきたそのタイムカプセルを、晴美は床に転がしながら足の裏で弄んだ。普通の大人であれば、小学生の頃のノスタルジーに心ときめかせるはずが、今の晴美には、まるでどろりとした鉛のプールに浸かっているようだっ...

ラブテスター

愛の重さ

 「測る」ということ。それは谷田のライフワークだった。仕事で研究してきたこともあるが、今では自身の健康管理の為に計測することが愉しみとなっていた。 最初に、血圧と体温。接待の多い谷田にとっては、ただでさえ生活リズムや食習...

最後の忘れ物

最後の忘れ物

  近頃、電車に忘れ物をすることが多くなっていた。片道一時間半という通勤電車の中で、必ず一度は熟睡してしまうというのが原因の一つだった。車輛の揺れであったり、冷暖房の効いた車内の温度や静けさが、何とも心地良かった。音楽を...

病い

 四十を過ぎてからというもの、私は極度に死を意識し、病いを恐れるようになった。周りの同級生や若者が癌や心臓発作で立て続けに亡くなるのを見るにつけ、自分もいつ逆の立場になってもおかしくないのだと思うといたたまれない気持ちに...

かすがい

かすがい

 逃げる様に家を出た。最近顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。自身はともかく、一人娘が不憫でならなかった。こんな環境で勉強なんて出来る筈ないと思った。 私は車を走らせ、塾帰りの娘を迎えに駅に向かった。「子はかすがい」と言う...

裸

 帰宅した妻は、真っ裸だった。結婚してから、何度かこういうことはあった。その理由について、敢えて問うことはしなかった。何か事情があるとは思ったが、その事で何か生活に支障をきたしたことはないし、普段はちゃんと服を着ているの...

漂流物収集家

漂流物収集家

 海は遠く、凪いでいる。波打ち際は、零れた炭酸のように寄せては返す。緩やかに湾曲する水平線に沿って、大小様々な雲が、盛りの夏空を化粧する。 どす黒く日焼けした痩せぎすの男は、馬の背に切り取られた島の稜線を背景に、目の前の...

小便悲話

小便悲話

 男が帰宅すると、トイレに明かりが点いていた。消し忘れなんて珍しい、取手に手を掛けると鍵も掛かっているようだった。試しに扉を叩くと、こんこん、と中から返事が返ってきたので、男は肝を潰した。「入ってます」 若い女の声だった...